陸は天の手をゆっくりと自分から離させて、2人の手は床へと落ちていく。それでも互いに固く握りあったまま、陸は天にそう尋ねた。天は陸の顔を見る。陸はただ微笑んで、首を傾げている。「……ボクが、デビューした日のところまで読んだよ」 「……」天は絞り出すような声で答える。陸はそれを聞いて、何か反応を示すわけでもなく、天と繋がっていない反対の手で床に置かれた日記のページをぱらぱらと捲っていく。そして、先程まで天が読んでいたページを開いて、自分が昔書いた文章をじっと見下ろした。「…あんなのは、七瀬天じゃない」陸の少し低めの声で呟かれたその言葉に、天がびくりと肩を揺らした。そのまま陸の日記を見下ろす横顔を凝視していると、陸もやがて顔を上げて、寂しげに微笑んだ。「そう、書きたかったんだ、この時」 「陸…」 「ポスターに写る天にぃは、確かに天にぃで。誰よりもかっこよくて、微笑んだらみんなが言うように、天使みたいで。昔からオレだけのスターだった天にぃが、みんなのスターになった瞬間を目撃して、寂しかった」 「……だから、七瀬天じゃないって?」天の問いかけに、陸は暫く答えなかった。答えずに、視線をもう一度日記に落とすだけだった。天はそれ以上は陸に聞けなくて、自分も陸から視線を外していく。七瀬天じゃないなんて、それが正解なのに。もう九条天であって、七瀬天として仕事なんてしていない。陸に届けばいいなと思っていたのは確かだけれど、陸だけのスターでいたかったわけでもない。 それなのに、陸の口から明確に七瀬天じゃないと言われたことにショックを感じている自分に、天は嫌気がさした。「…天にぃ」余程、難しい顔をしてしまっていたのだろうか。陸に呼ばれて陸の方を向けば、陸は天の方を見て悲しそうに目を潤ませていた。そのまま、陸は天の手を一度離すとぎゅっと天の首に腕を回して抱き着いてくる。天は驚き、陸を支えた。「陸」 「……天にぃは、もっと笑ってたんだよ。もっと幸せそうだった。そう思ったんだ。九条天はかっこいい。可愛い。天使みたいで、完璧なスターで。それは、七瀬天の頃と変わらない。でも、もっと、もっともっと笑ってたんだ。大きな口をあけて、無邪気に、年相応に」陸は天を抱きしめる腕に更に力を込めて、そう言ってきた。天は息が詰まりそうになる。違うと、否定したかったのに、できなかった。幼い頃は幸せだった。でも、TRIGGERとしてデビューしてからだって、確かに幸せだった。それを陸にも、誰にも否定されたくないのに、幼い頃より笑っていないといわれて、違うとは言えなかった。「陸、」 「テレビをつけても、街中を歩いてても、天にぃは、昔みたいには笑わない。笑っても、穏やかに微笑むか、TRIGGERらしく、笑うだけ。大きく口を開けて、陸ってば、おかしいんだからって笑う天にぃの笑顔が、探しても探しても、見つからなかった。だから、きっと天にぃも家にいた頃より幸せなんかじゃないんだって決めつけて。じゃあなんで帰ってこないんだ、ステージの上で何を見てるんだって、苦しくなって。あんなのは、七瀬天じゃないって書こうとしたんだ」 「……」