それは、部活が終わったあと、スガと二人での帰り道。あたりはもう真っ暗で、ぽつぽつと灯る街灯と、道端の家々や店から漏れる明かりが道を照らしていた。「なあ大地」「うん?どうした、スガ」「俺さ、最近ずっと考えてたことがあるんだけどさ」「考えてたこと?」 それまで何の変哲もない、授業の話だとか、友達の話だとかをしていた中で、少しだけトーンの落ちたスガの声にちょっと驚きながら、俺はあいづちをうった。「うん。なんかさ、世の中は全部等価交換だって、よく言うだろ?」「うん?ああ、よく聞くな?」「で、それがほんとだとしたらさ。レギュラーから外れた俺は、その代わりに何を得たんだろうかって考えたんだ。まあ、それが厳密に等価交換に当てはまるかってのは一旦置いといて、失くしたなら拾ったもんがあるはずだろって」「……」 スガが何を言いたいのかがまったく読めなかったが、おそらくこれはスガにとってとても大事な話だということだけは分かった。だから俺はひとまず、黙って聞くことを選んだ。 少しためらったあと、スガはまた口を開いた。「単純に考えたらさ、影山への嫉妬とか、試合に出れない悔しさとか、下手くそな自分への自己嫌悪とか、そういう汚い、ドロドロした気持ちは、あいつが来る前には確実に持ってなかったもので、だからそれを得たものとしてカウントすることもできるのかなって思った」 話しながら俯くスガの雰囲気があまりにも切なくて、見ていられなくて、俺は思わず口を開いた。「なあスガ、俺たちはお前が————」「まあ、ちょっと聞いてよ大地。そんでさ、そういう暗い汚い気持ちは、確かに新しくわいてきたもんだけど、それ以外にも、影山が来てから新たに得たものってあると思うんだ」 正直言いたいことはたくさんあったが、顔を上げてそう言ったスガの表情が少し明るくなっていたので、大人しく先を促す。「…何を得たんだ?」 そう聞くと、スガはまたちょっと俯いて、はにかんだ。「んー、これ言うのちょっと照れるってか、微妙に恥ずかしいんだけどさ…強さ、っていうか…」「強さ?」「うん」 思わぬ単語に少し驚いて返事をすると、頷いたスガは勢いづいたように一気に話し始めた。「あのさ、俺レギュラー落ちてから、落ち込んだり、影山のこと恨んだり、どろどろぐちゃぐちゃしてたんだけど。でも、そのおかげで、前よりもっとたくさん自分で考えるようになったんだ」「どうしたら試合に出れるかってのはもちろんだけど、みんなのために何ができるか、何をすれば自分がチームに貢献できるのか。そういうことを、たくさん、たくさん考えるようになった。みんなをよく見て、誰が何に困ってるのか、何が足りないのか、自分にできることを見つけて、それを全力でやろうって、前よりも強く、そう思うようになったんだ」「考えてみたらさ、俺、影山が来る前は、自分ではそんなつもりはなかったけど、どっかで今のポジションにあぐらかいて、考えるのを怠ってたんじゃないかなって」「それで、影山が来て。最初はほんと、あんな天才には絶対敵わないって思ったし、レギュラー外されるのもしょうがないよなぐらいには思ってた。だけどあいつが俺に、負けません、って言ったとき。こいつに負けたくないって思った。俺みたいな普通の大したことないやつにも、本気で負けないって言ってくれるこいつの気持ちに、恥じないようにありたいと思った」 スガの決意に満ちた表情が、眩しかった。「だから、できることを探した。羨んだり妬んだりするんじゃなくて、セッターとしては勝てなくても、チームへの貢献度では負けないようになりたいと思った。今は試合に出れなくても、必ず出てみせるって、頑張ろうって思った。そういう強さみたいなものを、俺は得たんじゃないかって思ったんだ」 ひとしきり話して、息を吐いたスガは、こちらを向いてニッと笑った。「…って、なんかやっぱ照れるな!長々としゃべってごめん、聞いてくれてありがと、大地」 街灯に照らされたその笑顔が眩しくて、俺は考えるより先に口を開いていた。 話を聞きながらずっと思っていたことが、口から滑り出る。「…俺は、さ」「ん?」「俺は、その強さは、スガの中にもともとあったものだと思うよ。スガのその強さに、俺たちはこの3年間、何度も救われてきたし、支えられてきた。それは事実だ。スガが、自分でそれを持っていることに今気付いたってだけで、お前はもともと強いよ。強いし、優しい。」「何言ってんの大地、照れるだろー」 そう言って笑いながら俺の肩を叩くスガの目を見て、真顔で話す。「事実だよ。…でもスガがそれを新たに得たものだと思うなら、それは本当に、よかったと思う。お前がそうやって、もっと自信を持ってくれたら、俺はすごく嬉しい」「……うん。ありがとう、大地」 噛みしめるように、嬉しそうに言ったスガに、今度は俺も笑顔で返した。「俺も、話してくれて嬉しかったよ。ありがとう、スガ」「へへ、よし、この話終わり!帰るべ!」「おー、帰るか」 傷ついて、そこから自力で立ち上がったスガの決意は、俺の心にも強く響いた。俺も、こいつに、そしてチーム全員に恥じないような主将でいたい。そんな決意と、そう思わせてくれたスガへの感謝を胸に抱きながら、俺は家路を急いだ。 明日も朝練がある。まずは誰よりも早く、一番に体育館に行くところから、だな。Fin.