故障については学生時代から悩まされていた。
俺は一〇代の頃から特異な体質を持っていて、そのせいで何度も主治医のアドバイスを受けていた。だが、気持ちばかりが先に出て(そしてその間は意識障害に陥る)それに体がついていかないという現象は幾度も起こった。結論から言えば、それは最後まで完治には至らなかった。投薬やメンタルトレーニングが実を結んできた頃には、それまで蓄積されていた負荷によって、俺の身体はあちこち悲鳴を上げていた。何度も繰り返す怪我。結果を出す前に、そもそも試合に出ることが出来ないというストレス。アスリートが誰でも直面する課題だったが、今度の痛みは今までとは違う。手術はする。だがその先の事は、まだ考えたくない。きちんと言葉にする決心もつかない。
俺は、車の中でただ黙りこむことしか出来なかった。
千葉を抜けて暫くすると、東京湾の黒い海が見えてくる。
柳さんは信号待ちの間、カーナビを設定しながら話しかけてきた。
「ひとまず湾岸までのルートで検索したが、この後はどうする。飯でも食っていくか。とはいえこの時間だから店は限られてくるだろうが」
「柳さんち」
「は?」
「柳さんち、行きたいです」
いつから俺はこんなに汚くなったのか。違うな、性格の悪さはもともとだ。彼が断れないのを分かっていてそれを望む。
「……分かった」
ナビは柳さんの自宅までの経路を読み上げた。信号が青に切り替わり、そのままゆっくりと車は滑り出す。
……
到着した頃には既に時計は二十三時を回っていた。
千葉からここまで、俺は一睡もせず、ただ黙って外の景色を見ていた。柳さんも、何も言わなかった。
彼の新しい住居に来るのは、今日が初めてだった。
白いタイル張りのマンションは、職場から電車で近いことと、テニスコートがある大きな公園が歩いて数分の場所にあるということの二点が決め手になったという。
彼がこの部屋に住み始めたのは、大学院を卒業して都内のスポーツ解析会社に就職が決まってからだ。俺はその頃丁度ワールドツアーに参加できるか出来ないかの瀬戸際で、なりふり構っていられなかった。
飲み会で時々会うだけだった柳さんと、仕事上の間接的な付き合いが始まったのもその時期だ。俺のデータ、試合成績、テニスに関する全ての情報は、彼の目に触れられていたはずだ。そこから何を読み取り、何を考えていたのかまでは、わからないけれども。
だから、なぜ俺が今夜帰国したのかも、さっきから一言も口を利かないのも、その理由をすべて彼は知っている。
こうやって、彼の家に来ることを、望んだことも。