――今のミロスラフを見ていると、メルテの村でソラからきいた「竜の血」の話ががぜん信憑性を帯びてくる。 イリアがそんなことを考えている間に、ミロスラフは足先から湯船に入り、小さく嘆声をもらしながらお湯の中に身をしずめた。 それを見たイリアは無言でミロスラフにならい、湯船の中に身を移す。 二人は近からず、遠からずの距離を保ったまま、互いに口を開かない。浴室は沈黙の帳に覆われた。 かすかな水音と立ちのぼる湯気。遠くから三人組の笑い声がきこえてくる。 ――口火を切ったのはミロスラフだった。「わたくしにききたいことがあるのではありませんか、イリア?」「……きいたら答えてくれるのかしら?」「ええ、もちろん。わたくしに答えられる範囲で、という条件がつきますけれど」 ミロスラフの答えに、イリアはかすかに眉間を寄せる。 過日、メルテの村でソラ相手に言明したとおり、イリアはすでにソラとミロスラフのつながりに気づいている。ミロスラフはソラの意を受けて、『隼の剣』を内側から切り崩していたのだ。 ききたいことがあるか? あるに決まっているではないか。 どうして仲間を売ったのか。どうしてラーズを裏切ったのか。どうしてソラに従っているのか。どうして、どうして、どうして―― だが、イリアはそういった問いを口にしようとはしなかった。 むろん、ミロスラフを許したからではない。むしろ逆だ。ラーズとソラの決闘から始まった『隼の剣』の崩壊、そのすべてがソラとミロスラフの仕業だと肯定されたとき、自分をおさえておける自信がないのである。 もしここでミロスラフを傷つけてしまえば、待っているのはソラによる報復だ。それはイリアだけでなく、母や弟妹にも影響を及ぼさずにおかないだろう。 それに、ミロスラフが手がけている解毒薬の改良は、ヒュドラの毒に侵されているイリアにとって必要不可欠なもの。イリアは二重三重の意味でミロスラフに手を出すことができない。 だから、あえて真実を遠ざける。自分の胸にある疑いを、疑いのまま留めておく。それがイリアの下した決断だった。 問題の先送りといってしまえばそれまでだが、こうする他に現状を維持できる案が思い浮かばなかった。