弟の話になると、途端にタランは不機嫌になる。それもそうだろう。タランの弟は獣人であるにもかかわらず、狩りはおろか農作業すらまったくできない――いや、できないのではなく、する気がないのだ。毎日、空ばかり眺めている変わった男であった。ネームレス王国でなければ、今頃は口減らしで死んでいただろう。「まあ聞けって。俺は魔導船で商人たちを運んでるだろ? だから商人とはよく話すんだ。それでよ、商人が言うには王様から頼まれて、変わった書物や道具やらを仕入れてるんだとよ。それで、どうやらお前んとこの弟が関係してるみたいなんだ」 確かにここ最近の弟は変な道具を抱えては外に出かけ、家ではずっと本を読み漁っていたと、タランは思い出す。あの無気力な弟が、文字なんて読めなかったのに、先生と呼ばれる人族のもとへ頭を下げて教えを請い、気づけば本を読めるまでになっていたのだ。「それで?」ナルモの話に興味が出てきたのか、タランが続きを促す。「なんでも王様が商人に頼んだ品ってのが、天気――気候や空の星とかに関する書物や、それを調べる道具なんだってよ」「そんなもん調べてどうすんだ?」「俺だってわかんねえよ。でもわざわざ大金を払ってまで商人から仕入れて、しかも精度が悪いとか言って、堕苦族や魔落族の連中に作り直しさせてんだぞ。きっと王様はすげえことを考えてんだよ。 ほら、あのなーんもできねえくせに、木の枝で地面に絵ばっか描いてた変な魔落族のガキがいただろ? あのガキに王様が筆やら紙に色つけるたっけえ材料を買い与えて、今じゃとんでもなく上手い絵を描くようになってるじゃねえか」 タランはまさか自分の弟に、人には理解されない特異な才能があるのかと、密かに興奮する。周りの獣人どころか、家族にすら邪険にされることもあった弟のことを、タランはずっと気にかけていたのだ。このままだと弟は野垂れ死ぬんじゃないかと。「王様はなんか言ってたのか?」