シエスが泣いている。彼女は泣き虫だから、泣き顔なんてもう見慣れたと思っていたのに。いつもとはまるで違う空っぽな表情に、僕は一瞬、どうしようもなく動揺してしまう。 シエスは寝台からぴくりとも動かずに、瞬きすら忘れたようにただ泣いている。僕の方を向いて僕を見ているようで、その目には何も映っていないようにも見えた。出会った頃よりも深い、絶望の色。胸が苦しくなる。 シエスが泣いている。僕が揺れている場合じゃない。もう間違えないと誓ったはずだ。「シエス。落ち着いて」 動揺を胸の奥で潰し殺して、寝台に腰掛けながらシエスの手に触れる。恐ろしく冷たかった。すぐに空いたもう一方の手で頬に触れた。いつもは僕の手より温かくて心地好いのに、今は感触さえ違うような気がする。「……ロージャ」 シエスの眼に焦点が戻って、僕を見る。そのまま僕の名を呼んだ。顔色は悪いけれど、意識はしっかりしている。病などではなさそうだ。 けれど涙が止まる様子は無い。溢れた涙の粒を親指で拭ってやる。「大丈夫。傍にいるよ」「……」 返事は無い。でも、頬に触れる僕の手へ、シエスは手を重ねてくれた。空っぽな様子は薄れて、代わりに堪えるような、苦しそうな表情。「僕のことは、見えている?」「……見える。……でも、魔素が。いつもは、いつも、傍にあるのに」 僕のことは見えている。視力を失ったという訳ではなさそうだ。魔素だけが見えなくなった。理由は、何だろう。「寝るまでは見えていたんだよね?」「……ん」 シエスは頷きながら、目を閉じた。まるで、普段と違う目の前の光景を拒否するような必死さで、固く目を瞑って動かない。 魔導を暴走させた後も魔素は見えていた。すると『果て』の欠片が何か悪さをしている訳でもない、のだろうか。シエスの首元に取り付いたこれは、僕らには余りにも得体の知れないものだから、関係無いと今すぐに断定はできないけれど。 魔素の見えない僕が考えても答えは出ない、か。とにかくナシトに相談すべきだろう。そう思って、僕が部屋に入る前、彼が此処に立っていたことを思い出した。 まさか、ナシトが何かしたのか? 一瞬疑いかけて、すぐに止めた。ナシトは、シエスが魔導を学ぶ上で一番近くにいた存在だ。シエスがどれだけ魔素と親しんでいたか、どれだけ魔導に真剣に取り組んでいたかは、彼が誰よりも良く知っている。だからこそあの時、魔導を暴走させた後も、叱責するでも慰めるでもなくいつも通りにシエスを見ていた。そのはずだ。 そのナシトが、シエスから魔導を取り上げるだろうか。そもそも、いかにナシトといえど、人から魔導を奪うなんてできるとは――