27/30
26. 美少女魔術師の処女喪失
魔術師の塔を登って来たその翌々日の午前中、俺は宿舎の食堂で中年商人のハイデルと向かい合って座っていた。
「家具の見積もりはこんなものだな。それとこっちが寝具類と食器一式の分だ」
「どれどれ……」
ハイデルの出してきた見積書に目を通して、俺は小さく溜息を吐いた。
予想はしていたが、そこには心臓に悪い額が並んでいる。
全額をいますぐ即金で払うというのは難しそうだった。
見積書は魔術師の塔に孤児院を開く場合必要になると思われる様々な物品に関してのものだ。
これだけでも相当な額だが、他に俺が穴を開けた塔4階の補修費や調理場回りの整備費、それに冬の寒さへ備えるための暖房設備の導入など、金の出て行く先はいくらでも挙げることが出来る。
食費も馬鹿にならないし悩ましいところだ。
このままだと宿舎の賃借期限が先に来てしまい、準備不足のまま塔へ移らざるを得ない状況になるかもしれない。
だからと言ってこの王都に来たばかりの俺たちは、掛売りで物を売ってもらえるほど信用を得られていない。
購入する物に優先順位をつけるしかないだろう。
「とりあえず二段ベッドと寝具の用意を優先してくれ。その分だけは前払いするから頼むぞ」
「兄ちゃんよ、大口の依頼をくれるのはありがたいが、懐の方は大丈夫なのか?」
皮袋から金貨を取り出す俺を見て、ハイデルは心配そうに言った。
「現在金策中だよ。それがどうにかなれば余裕ができると思うんだが」
アナの売買に関しては、まだラトローマ商会からの連絡は来ていない。
代わりに昨日、鷲鼻が一度戻ってきて進捗報告をして行った。
それによると、どうもエベックたちは王都内の有望視していた顧客へ話を持ちかけたのだが、金額的な部分で反応が悪いのだという。
そこで急遽、近郊の顧客にまで手を広げて探し回っているらしい。
もしかして販売価格の目安を高く設定しすぎてしまったのだろうか。
「あんたの方こそどうなんだ? 裸一貫で商会の下働きから出直しなんだろ?」
ハイデルは今、知り合いの中堅商会に頼み込んで働かせてもらっているのだ。
突然転がり込んで行った身だから、良い扱いを受けているとは思えないが。
「そんなに悪いもんじゃねぇよ。それにこうしてまとまった注文も取ってるんだ、商会長も文句は言うまい」
「ならいいけどな」
ハイデルは金貨を数えてから自分の財布へしまうと席を立った。
「足りないベッドは大急ぎで発注して作らせるが、ある分からその塔へ納品して現地で組み立てってことでいいんだな?」
「ああ、そうだ。二階の部屋から順に頼む。詳しいことは最初に俺が現地で指図するし、図面も書いておく」
頷いたハイデルは俺だけでなく、外の洗濯場の方にいたロザリアにもわざわざ挨拶をしてから帰って行った。
そういえば一緒に王都を目指していた頃から、ハイデルはよくロザリアに話しかけていたように思う。
狙っているのなら協力してやってもいいかな、などと考えながら洗濯場の女たちのところへ顔を出した。
「大人組は食堂へ集まってくれないか。話があるんだ」
「ちょっと待っててくれるかい、もう少しで干し終わるから」
シーツを物干し竿にかけるロザリアへ「分かった」と返してから、食堂で改めて見積書とにらめっこすることしばし――――。
「待たせたね」
ぞろぞろと女たちがやってきて、空いている椅子に座った。
その数9人。下は18歳から上は45歳までと年齢はバラけている。
「それで話っていうのは?」
まとめ役のロザリアが最初に尋ねる。
「この宿舎の契約が切れたあとのことだ」
女たちの顔が一様に不安げなものになった。
自分たちの現状がいかに不安定であるかを自覚しているからだろう。
「前にロザリアが言ってた孤児院の話。あれを実行に移そうと思ってる」
「自分で孤児院を立ち上げるのが手っ取り早いって言った、あれかい?」
「ああ、施設はブン捕った――――もとい、譲り受けた。さっきハイデルが来ていたのも必要なものを発注するためだ。……そこで、だ」
一度俺は言葉を切り、女たちの顔を見回した。
「孤児院が無事開設できた暁には、希望する者を職員として雇おうと思う。給金もちゃんと払うが、どうだろう?」
「どうって……そりゃあ願ったり叶ったりだよ」
女の一人が安堵の表情で言うと、他の女たちも口々に肯定的な反応を示した。
「よかったぁ……あたし街角に立たなきゃならないかもって考えてたんだぁ」
「わたしも。でもこの歳で娼婦なんてきついし……」
手に職持たない流浪の女ができることなど高が知れているから、体を売ることを考えていた者も多いようだった。
ロザリアも表情を緩ませていた。
「ありがとう、アキオさん。でも大丈夫なのかい?」
「どうにかなるだろ。どうにもならなきゃ、その時は力づくだ」
俺が言うと、なぜかロザリアは笑顔を引っ込めて呆れ顔を向けてきた。
「頼むから危ないことは止してよ?」
「もちろんだ。俺は慎重派だからな」
ロザリアは「どうだか」と疑い深く肩を竦めた。
食堂での話しを終えると、俺はシラエたちを始めとした女子供の一部を連れて魔術師の塔へと向かった。
これからこの面子で塔内部の掃除を行うのだ。
メノトゥースたちは居住スペースでなかった1階から5階を、試練に使う以外は放置していた。
そのため部屋や廊下には埃や砂が溜まっており、蜘蛛の巣などもあちこちに張っていた。
ハイデルに発注した二段ベッドは、早ければ数日中に第一陣が運ばれてくるだろうから、それまでには最低限の清掃を済ませておきたかった。
塔に着くと、入り口のところにあった挑戦者向けの立て札が撤去されていた。
代わりに青いローブを纏った男が所在無げに立っている。
「やあやあ、そこにいるのは5階で気絶していたジルフ君じゃないか!」
俺がフレンドリーに挨拶してやったのに、こちらに気付いたジルフは目を血走らせて詰め寄ってきた。
「お、お前っ! どういうことだっ?! 何故ミューシャなんかがメノトゥースの弟子になってる?!」
どこで聞いたのか、ミューシャの弟子入りの件をジルフは知っているようだ。
「そんなもん、試練を全部突破したからに決まってんだろうが」
「う……嘘だ! ミューシャなんかに僕が負けるわけないっ!! きっとなにか卑怯な手を使ったんだろっ?!」
決め付けるジルフの背後で塔の入り口が開いた。
「言い掛かりはよしてよ、ジルフ!」
険しい顔をして中から出てきたのはミューシャだった。
いつもと同じ上着とズボンを着ているが、今日はその上から萌黄色のローブを羽織っていた。
「ミューシャ! お前、どんな手を使ってメノトゥースに取り入ったんだ?!」
「真っ当な手順を踏んでよ! メノトゥースを――――お師匠様を軽んじるようなことは言わないで頂戴!」
「なにぃ!?」
「不正して弟子入りさせてくれるような甘い人だと本気で思ってるの? だとしたらお師匠様を馬鹿にしてるわよ!」
ミューシャの反論にジルフはたじろいだ。
元より感情に任せて暴論を吐いているだけなので、咄嗟に言い返すことも出来ないようだ。
歯噛みするジルフを見て、ふとミューシャは眉間の皺を緩めた。
「試練はなくなっちゃったけど、お師匠様はこれで弟子を取ることを止めたわけじゃないわ。もしあんたがまだ弟子入りを希望するなら、きっと別の方法で――――」
「うっ、うるさい!! 僕を憐れむつもりか?! ミューシャのくせに余計なお世話だ!!」
子供の口喧嘩みたいなことを言うと、ジルフは塔に背を向けてバタバタと駆け去ってしまった。
あ、途中で蹴けっ躓つまずいて転びやがった。
起き上がりもせずジタバタ暴れているが、あれは多分泣いてるな。
まあジルフのことなんてどうでもいい。
「ミューシャ、そのローブどうしたんだ?」
俺が聞くと、ミューシャははにかんだように笑って萌黄色のローブを広げた。
「お師匠様からいただいたの。弟子入りした記念にって」
「へぇ、あの変態ジジイも案外まともなことをするもんだな」
「師匠が内弟子にローブを贈るなんて、良くある風習じゃない? お兄さんは貰ったことないの?」
「ああ……俺は色々と特殊なんでな」
なんだ、魔術師の間では常識的な慣わしなのか。
「……それでお兄さん、後ろの子たちは?」
「ん? 入居予定の子供だ。今日は掃除しに来ただけだから、全員は連れて来ていないがな」
「なんで女の子ばかりなの?」
ミューシャの俺を見る目が胡乱げだった。
「諸事情あってな。説明はあとでしてやるよ」
この場はそれで済ませ、子供たちを連れて一階へと入り込んだ。
だだっ広い空間の中央にそそり立つ柱の傍に、昨日のうちに買い込んであった掃除用具一式が置いてある。
その前で俺は子供たちに号令をかけた。
「今日は1階と2階の掃除だ! 特に2階はいずれお前らの居室になるんだからちゃんとやれ! それと上の階にはまだ行くな! 崩れてる部分もあって危険だからだ!」
あと妖怪少女ジジイや血に染まった女も出るので要注意なのだが、それを言ったらびびって作業にならなくなる危険があったので内緒にしておいた。
手分けして掃除に取り掛かる子供たちを見送ってから、俺は待ってくれていたミューシャの方を向いた。
「弟子入りは無事済んだようだが、これからはどうするんだ? 6階にジジイどもと一緒に住むのか?」
「うん、そうしようかと思ってる。だから今日は引っ越しの下見に来たんだ。ただ、今やってる仕事のこともあるから、すぐに移れるわけじゃないけど」
ミューシャは新市街区の医院に治療専門の魔術師として通っているのだそうだ。
この国では慢性的な病気や多少の傷は医者や薬師が治療に当たるが、大怪我や急病となると魔術師が担うことが多い。
そのため医療従事者としての魔術師の需要は高く、治癒系の魔術を修めればまず食いっぱぐれることはないそうだ。
ミューシャも14歳という若さにして、一般的な成人男性の2倍以上の給金で医院に勤めているらしかった。
「医院の仕事はやめるのか?」
「うん……内弟子なる以上、医院に常勤するのは難しいから。でも急患の時には、呼ばれれば手伝うつもりでいるんだ」
「えらいもんだなぁ。ちなみにジルフのヤツは何か仕事をしてるのか?」
「実家がお金持ちだから、魔術の修行に専念してるんだって」
無職のボンボンかよ。
それでいてミューシャに先を越されたもんだから、あんなにムキになっていたのか。
思い返してみればアイツ、総魔力量以外全部ミューシャに負けてるもんな。
「ところで話は変わるが……」
「うん? なに?」
「例の何でもしてくれるって件についてだ」
俺が切り出すと、ミューシャはビクリと肩を震わせた。
「あ、うん……約束だもんね……。それで何を……?」
「今晩お前の家に行ってもいいか?」
それで俺の言わんとすることは十分に伝わったようだった。
ミューシャはたちまち顔を真っ赤にすると涙目になった。
しかし拒絶するようなことはなく、こくりと小さく頷いた。
それから何故か、その潤んだ目を俺の背後へと注いだ。
訝しく思って振り向くと、そこにシラエとアメニアが箒片手に立っている。
「また……増えるの?」
「ご主人様の新しい便器コレクションですか?」
なんでこう出しゃばってくるかね、この子らは。
ちなみにアカネは掃除の邪魔ばかりしているので、子供たちに箒で追いたてられて外へと逃げ出していた。
「お兄さん、その子たちは? 黒髪の子は商店でも一緒だったよね?」
「んん、こいつらは何と言えばいいか……」
「いもうと」
「わたしはにくべ――――もがっ」
俺はアメニアの口を間一髪で塞いだ。
ミューシャは小首を傾げて慌てふためく俺を見てくる。
「にく?」
「肉親をなくした子供に兄の如く慕われていてな」
「そうなんだ? こんなに沢山の小さな子の面倒を見なきゃいけないなんて、大変だね」
よし、誤魔化しきれた。
その小さな子にチンコをぶち込んでると知られたら、いかに約束したとはいえ拒絶されるか