21. 幼鳥ハーピーのアナル開発
レントと脱走騒ぎを起こしたアナだったが、俺は特に罰を与えることはしなかった。
そんなことをやっている暇はないのだ。
アナに『回復』のルーンを使って全身の細かな傷や処女膜を治す。
それから滋養のあるものを食べさせて、鷲鼻を追い出した部屋に軟禁してひとり自由に過ごさせた。
その間に質素だが清潔で見栄えの良い子供服を買ってくる。
翌日、鷲鼻というストレスを取り除いた環境でたっぷりと睡眠をとったアナに子供を服を着せ、アメニアに言って長いプラチナブロンドの髪を整えさせた。
「くやしいけど、とても綺麗ですね……」
アメニアが漏らした通り、アナの美しさには非の打ち所がなかった。
丸一日休ませたお陰もあって血色は良く、髪も艶やかだ。
滑らかな頬には薄っすらと朱が透けて、長い睫毛の下では蒼味がかった目が憂いを帯びて潤んでいる。
完璧だった――――口を開きさえしなければ。
「下衆がっ……下衆がっ……下衆がっ……下衆がっ……」
さっきからアナは呪詛の言葉を繰り返し呟いている。
煩いし、途中で騒がれると面倒なので『沈黙』のルーンで黙らせておいた。
鷲鼻を伴って玄関前にアナを連れ出すと、後からシラエ、アカネ、アメニア、ロザリアがついてきた。
部屋に引き篭もっているレントを除けば、アナが売り飛ばされることを知っているのはここにいる者だけだ。
「それじゃ行ってくる。商談がうまく行けば二度とこいつと会うことはないだろうから、別れを言いたい奴は言っておけ」
アメニアは笑顔で手を振り、アカネがそれを真似して翼を振った。
シラエは憮然とした顔で黙っている。
一方のアナはニンジンをあそこに突っ込まれたことを根に持ってか、憎々しげにシラエを睨んでいた。
「王女様を売るとか……ほんとに大丈夫なのかねぇ……」
昨日になってこの話を聞いたロザリアは不安そうだった。
「手元に置き続けるとそれはそれでリスクが伴うからな。厄介払いだと思ってりゃいいんだよ」
ロザリアの不安を払拭させるためにわざと軽く言うと、俺はアナの手を引いて玄関を出た。
宿舎の前の通りにはラトローマ商会の手配した四人乗りの馬車が停まっていた。
御者がドアを開けたので三人で乗り込むと、すぐに馬車は動き出した。
先日通った外壁の入り口とは別のところから旧市街区へ入り、石畳の狭い街路を目まぐるしく曲がりながら進んでいく。
街の造りが迷路のようであることに加え、尾行を警戒してわざと遠回りしているようで、目的地へ着くまでに余計に時間がかかった。
到着した先は、一見なんの変哲もない石造りの建物だった。
馬車から降りると、御者が中へ入るよう言った。
警戒しながら玄関のドアを開けると、すぐにエベックが姿を見せた。
「お待ちしてました。さあ、こちらへどうぞ」
通された先はそう広くもない簡素な部屋だった。
中央にテーブルがひとつと椅子が置いてある。
壁際には喧嘩慣れしていそうな屈強な男がふたり立っていた。
見た目は強そうだが、どちらも戦力判定は青だ。
その他に、椅子に腰掛けている人物がひとりいた。
目の部分に穴を開けただけの白い仮面をつけていて顔を隠している。
しかし白いものの混じった髪や手の皺からそれなりの年配者だと分かった。
「彼にその子を見せてください」
仮面の男が面通し役の人物らしい。
俺はアナの背を押して前に立たせた。
「声を聞かせてもらえるかね?」
仮面の下からくぐもった声で頼まれたので、俺は『沈黙』を解除した。
「ほら、アナ。なにか喋れ」
「な……なにかと言われてもなにを喋れば良いのじゃ?」
それで十分だったらしい。
仮面の男はエベックの方へ向けて頷いた。
「間違いない。アナ・オーベルシングだ」
「そうですか、ありがとうございます」
仮面の男はもう一度アナの顔を見ると、黙って部屋を出て行った。
これで役目は終わったのだろう。
「いまの男は?」
「詳しくは言えませんが、まあアナ殿下の方は顔も覚えていないだろう人物ですよ」
面識があるのにアナは覚えていない、となると……。
「どこかの王族か貴族の供回りの人間か?」
例えば主人がアナと面会する際に同席していた侍従や護衛などではないか、と俺は推測した。
「詳しいことは言えない、と申したでしょう?」
暗にこれ以上突っ込んだことを聞くな、というエベックの警告だった。
俺も強いて知りたいわけじゃないので、仮面の男のことはそれ以上聞かないようにした。
「それじゃ、このアナは本物ってことで話を進めていいんだな?」
「ええ。―――どうぞお掛けください」
エベックに勧められて俺と鷲鼻は椅子に座った。
アナは俺の手が届くように横に立たせておく。
無いとは思うが、ここで万が一戦闘になった際はアナを連れて脱出しなければならない。
いざとなれば壁をブチ抜いてでも逃げられるようにしておこう。
エベックは俺の内心の警戒を知ってか知らずか、今日も楽しそうに笑っていた。
「先日は詳しい条件までお話できなかったので、今日はそこの所を詰めていきましょう」
「ああ。こちらの条件はまず、アナを政治的に利用しようとする買い手は除外してもらいたい、ということだ」
「理由を聞いても?」
「下手にこいつが権勢を取り戻して、俺たちに復讐しようとしても困るからな」
「なるほど、もっともですね。しかしそれだと複数の人物が関わるオークション形式は避けた方がいいでしょう」
競り落とす人間が誰になるか分からないため危険ということか。
「他に条件は?」
「なるべく頭のおかしい変態に売りつけたい」
「……は?」
俺の出した条件を聞いてエベックの笑顔が崩れた。
意表を突いてやれたようだ。
アナも驚愕しているが、こっちは今更だな。
「こいつには色々と恨み辛みがあるんでね。楽な所へは行かせたくないんだ」
「それはまた……。ですが、そうですね……このような子供を買う人間はほとんどが異常な嗜好を持っているものですから、難しくはないでしょう」
俺のようなノーマルなロリコンの方が少ないとは、この国の性風俗は爛れているんだな。
「基本的な条件はその二つだが、値段の交渉はどうすればいい?」
「私どもの方で全て代行するか、あなたの方で直接行うか、好きな方を選んでください。直接行う場合は、まず目安としての金額を先に提示いただくことになります」
「なら俺が直接交渉を行おう」
全てを代行させるということは、ちょろまかされても分からないということだから当然避ける。
目安の金額は前に鷲鼻が言っていた金貨500枚という予想を元にして、金貨800枚にしておいた。
どうせ値下げ交渉になるだろうから最初は吹っかけるべきだが、あまり現実的でない数字にすると買い手が集まらなくなるので、この程度でいいだろう。
「では、彼女のことをあくまで愛玩物として扱う変態という条件で買い手を募ります。手数料の方は売り上げの4割をいただきますのでご了承ください」
「4割とは法外じゃないか?」
「王族を売る以上、こちらも危ない橋を渡ることになりますので。危険手当て込みの数字だと考えていただきたい。それに、これでもかなり譲歩しているのですよ?」
「譲歩?」
「本来であれば5割であっても二の足を踏む案件ですからね。それをこの条件で受けたのは、偏ひとえにあなたがソーンビルの魔眼を倒せるほどの腕利きだからです」
俺は顔色こそ変えなかったと思うが、内心の動揺は目に出たかもしれない。
しかし焦る必要は無い。
元々アナを売り払う以上覚悟していたことだ。
買った相手や仲介者に、こいつの口からこちらに関する情報が漏れてしまうことは避けられないだろうからな。
ルーン魔術で俺に関する記憶だけ消去出来なくもないが、関連する勇者召喚の蛮行までアナが忘れてしまうのは赦せないから、その手は使わなかった。
「……随分と耳が早いんだな」
「私どもは各地に情報網を築いていますのでね。子供を100人以上も連れていれば目立ちもしますよ?」
エベックの口調に嫌味はなかったが、やはりこちらとしては良い気分ではない。
「勘違いしないでください。私どもはあなたと良い関係を築きたいと思っているのです」
「ほう……。具体的には?」
「そこはまあ色々と……。優秀な魔術師は引く手数多ですからね。特に裏の仕事を引き受けてくれる人材は」
俺に暗殺や盗みでもさせる気か?
しかしこいつらの情報網が優秀なのを俺は身を持って知ったところだ。
できればこちらとしてもそれを利用させてもらいたい。
「話を聞くだけならいつでも応じよう」
「十分です。ではお互いにこの条件で宜しいですね?」
「ああ、いいだろう」
俺はこれまで空気だった鷲鼻に視線を送った。
「それじゃ後は頼んだぞ」
「へい、旦那。任してくだせぇ」