入院生活も少し経って、陸は少し落ち着いてきたようにみえた。 しかし、口に異物が入ることに拒否が出るようになってしまっていた。 その異物には、食器も含まれた。フォーク、スプーン、箸ですら、口にいれようとすると陸は体が震えてしまうようになっていた。天は、なるべく面会に訪れていた。 パニックになるようなことは無くなったが、ベッドに寄りかかる陸の肩は、明らかに元気がなかった。「…歌おうとすると、喉がつまった感じがして……歌えないんだ…」陸が、天に向けて小さく呟いた。 事件が陸に与えたショックは計り知れなくて… ファンから向けられた悪意が、陸を深く傷つけていた。 天は、何も言えずに陸の肩を優しくさすってやっていた。陸がぼんやり唇の端に触れているので、見ると、そこにはかさぶたが出来ていた。 天の視線に気付いた陸は、気まずそうに微笑む。「へへ…かゆくて、取っちゃいたくなるんだけど、かさぶたの下で傷が治ろうとがんばってるって言われたから…」 「そっか、大事なんだね、かさぶたって…」少しずつ体が癒えてくるのを嬉しく思いながらも、それでも傷の深さの見えない陸の心を思うと、天はどうしたらいいのかわからずに悔しくなった。なかなか食事の進まない現状で、点滴では補えないものは、液体の高カロリー栄養剤が出された。バニラやいちごなど、色々な味はあるものの、甘ったるく舌に絡みつくそれは、食欲のわくものでもない。 会うたびに陸の体が細くなっているようで、天は恐ろしかった。ある日、外出許可をもらい、メンバーが病院の敷地の木の下に、陸を連れ出した。抜けるような青空の下だった。陸は爽やかな風を感じて、久しぶりに気分が良さそうで表情が明るくみえた。 三月が作ってきたおにぎりを陸に持たせてやる。陸は自分の手でおにぎりを持って、そして、ゆっくりと口に運んだ。ひとくちかじって… 久しぶりに、すんなりごはんを食べることができた陸に、皆の表情がゆるむ。「…すっごいおいしい」陸が自然に微笑んだので、皆ほっとする。 よかった…天も安心できた。