土蔵というのは四方の壁を土で厚く塗り固め、防火、防湿構造をもつ倉庫をいい、一般的に米殻、酒などを保管している。天の家は裕福な家庭であり、そのため、蔵には米殻や酒の他にも天災に備えたものなどもあるに違いない。それらを子どもが勝手に触れないように、ということなのだろう。 漆喰の冷たさが背に伝わる。幼い頃、遠巻きに見つめていた蔵がすぐ真後ろにあることが無性におかしかった、触れてみて本当になにもないことがわかると余計に。季節は夏が過ぎ去り、秋の足音が聞こえてくるようだ。日中はまだまだ暑さを残しているが、この時間にもなるとそれらは鳴りを潜め涼しい風が頬を撫でる。 心地よさに目を細め、スウと肺に風を取り込んだ。空気を震わす音は歌となって紡がれる。優しく響く歌声は草木をも眠らせるような子守唄だった。いつの間にか風が止む。天は歌うことをやめ、そうして音が消える。世界が静止したように錯覚した時だった。――声が聞こえた。目を見開いて、すぐに声の出所を探るようにきょろきょろと辺りを見回す。しかし、それだと気が散漫してしまい声の在り処が掴めない。ゆっくりと目を閉じた。焦るほど鼓動が激しく打ち鳴らされ、自身の心臓の音が雑音となって邪魔をする。 なにを言っているのか、か細く小さな声はどのような声音なのかの判別もままならない。けれどどうにも心を揺さぶられて仕方がない。深呼吸をして耳を澄ませた。――歌だ、歌を歌っている。