春田の目が見れず、思わず項垂れてしまう。要するに、現状に満足しているのだ。夕飯を二人で食べて、時折買い出しに着いてきてこっそり籠の中に好きなお菓子を滑り込ませて得意げに笑っている彼との生活に。休みの前日に好きな映画を借りてきたり、そんなことが、たまらなく幸せなのだ。「ちゃんと答えろよ」はっとするほど静かな声に、思わずぎしりと身体が硬直した。 引き寄せられるまま、ベッドへ再び腰を下ろすと、春田のほんの少しだけギラついた視線に射抜かれる。「もう一ヶ月半だよ。学生じゃあるまいし、キスだけじゃ足りないよ、俺」繋がれたままの手が汗ばむ。そこを通して、春田の脈拍が伝わるようで。「シノさんは俺のこと、欲しくないの?」狡い言い方だ。欲しくないわけない。手に入れたくて、手に入れたくて仕方なかった彼を、とうとう手に入れてしまったのに。「ほ、しい」絞り出すのがやっとだ。この歳になって、こんなこと面と向かって言わされる日が来ようとは。男女の関係ならば、ここまで悩む必要なんか無かったのだろうか。何だか遠い昔のことのようで思い出せない。春田の顔を見ることが出来なかった。自分がどれだけ恥ずかしい気持ちでいるかが伝わってしまう。幼稚な恋心が満たされてしまえばそれでいいなんて嘘がバレてしまう。そんなの、なけなしの歳上のプライドが許さなかった。「……よしっ、じゃあ、ジャンケンしよう」「………………ぁ?」あぁ、とうとう俺の処女が……なんて考え始めていた頭に突如殴り込んできた明るく気の抜けた声。耳に馴染んだ彼の声と内容があまりに今の状況にそぐわず、顔を上げてしまった。「え、なんて言った?春田」「だからぁ、ジャンケンしようって」おいおいおい、さっきまでの俺の知らない顔したお前はどこへ行った。「シノさんごねすぎ。こういう時はジャンケンで後腐れなく決めちゃおう」「まっ、待て待て、ジャンケンで決められるような事じゃないだろう!」「だって、いつまで経っても決まらないんだもん。俺は先に進みたいの」「そ、それは……」