「ソラ、ありがとう! 本当にありがとう!」 三日前、ミロスラフを連れてスキム山から戻って来た俺に対し、ラーズは感謝と安堵で顔中をくしゃくしゃにしながら繰り返し礼を述べた。 その顔は先日よりもさらにやつれており、俺が救出に向かってからもろくに眠っていなかったことがうかがえる。 ラーズにしてみれば、今回の一件は以前の不覚――蝿の王との戦いで真っ先に気絶してしまったこと――を繰り返した結果に終わった。 のみならず、自分の不甲斐なさのせいで再び仲間を危険にさらしてしまった。そのことを心底くやんでいたに違いない。 ミロスラフの無事を確認したラーズは、俺へのわだかまりを忘れるくらいに歓喜していた。 そのラーズに対し、ミロスラフは実にしおらしく接している。 目を潤ませ、頬を赤らめてラーズの手を握りしめる姿は、誰がどう見ても恋する乙女のそれである。 この光景を見て、夜の山中で不意をついてラーズの意識を刈り取ったのがミロスラフである、と察することができる者がどれだけいることか。 裏面を知っている身としては、ミロスラフの演技にそら恐ろしささえ感じるほどである。 ただ、あるいはこれもミロスラフの本心なのかもしれない――山中での出来事を思い起こした俺は、そんな風にも思った。 スキム山でミロスラフと話した俺は、赤毛の魔法使いが何を考えているのか、そのすべてを知った。 ルナマリア以外の魂の供給役を欲していた俺にミロスラフの願いをはねつける理由はない。 俺のために危険な山中で魔物退治を続けていたと聞けばなおのことだった。 そのミロスラフが俺に出した唯一の条件――懇願こんがんが、これ以上ラーズに手出しをしないでほしいというものだったのである。 結論からいえば、俺はこれを承諾した。 もとより、これ以上ラーズをどうこうする気はなかったからだ。 ただし、ラーズの方から仕掛けてきた場合は話が別である。 ミロスラフもそのあたりのことはわかっていたようだ。『隼の剣』内部の話し合いにおいて、ラーズはイシュカを離れることが決まった。 初心に戻ってやり直すため、という理由はラーズ自身の口から出たことだが、そこに至るまでにミロスラフの誘導もあったと思われる。 ミロスラフ自身はといえば、ラーズと袂たもとを分かって『血煙ちけむりの剣』に加わることになった。 これについては「命を救われた恩に報いるため」とラーズに説明し、ラーズも納得したそうだ。いや、納得というより、反対できる立場ではないという自覚があったのだろう。なにしろ、ラーズは自分こそがミロスラフを危険にさらした元凶だと信じ込んでいるのだから。 とはいえ、俺には懸念があった。 これまでさんざん俺に敵意を燃やしてきたミロスラフが、どういう理由であれ、俺と行動を共にすることになった。 そのことにラーズが不審を抱いた可能性は否定できない。 ラーズ本人が気づかなくても周囲の人間――イリアやギルドマスター、受付嬢あたり――が勘付いて、ラーズに余計なことを吹き込むことも考えられる。