「まったく、あきれ果てて言葉も出ぬわ、ゴズ・シーマ!」 そういって畳たたみに拳を叩きつけたのは『文』の面で御剣家を支える四卿よんけいのひとり、司徒しとギルモア・ベルヒ。 近年、鬼ヶ島において隆盛いちじるしいベルヒ家の当主であり、司徒しととして御剣家の人事と財務をつかさどる。ゴズの後ろで平伏しているクリムトの養父でもあった。 もっとも、ギルモアの視線はゴズにのみ注がれており、後ろで平伏するクリムトには一瞥いちべつすら与えていない。 ギルモアはそのまま言葉を続けた。「ここは公おおやけの場ゆえ、我が娘クライアのことはひとまず措おこう。だが、青林の旗士きし、それも司馬の職を拝する者が、島外の人間に敗れて逃げ帰るとは何事か! しかも、その失態を糊塗ことするため、御館様に対して戯言ぎげんを弄ろうするなどもってのほかであるッ!」「これはしたり」 ギルモアの怒声に、ゴズは冷静に言葉を返した。「敗れて逃げたは事実、言い訳はいたしませぬ。なれど、御館様に対し奉たてまつり、戯言ぎげんを弄したおぼえはござらぬ」「黙るがいい。五年前、試しの儀を超えられずに島を追われた無能者が、青林旗士三人を同時に相手どって勝利をおさめたというだけでも信じがたくあるに、そのうえ単身で幻想種を討ち果たしただと? これが戯言でなくて何だというのだ!?」「戯言ではなく、事実でござる」 応じるゴズは、言葉も態度も淡々としたものだった。が、実のところ、内心は外見ほどに穏やかではない。 カナリア王国で空に敗れた後、一刻も早く当主に報告せねばと治療の時間も惜しみ、夜を日に継いで駆け戻ってきた。そうして、この場にのぞんでいる。本音をいえば、今すぐ大の字になって眠りたいくらいのものだった。 だが、宰相気取りで御剣家を切り回そうとする者相手に無様な姿をさらすわけにはいかぬ、とひそかに歯をくいしばって平静を装っている。 そんなゴズの思いが伝わったわけでもあるまいが、ギルモアの目がぎらつくような光を帯びた。「ゴズ・シーマ、察するにおぬしは偽功をもってあの無能者の勘当を解くつもりであろう。次いで帰参した彼かの者を嫡子の地位に戻し、おぬし自身はその二なき家臣として権勢を振るう心算とみた。そうと考えれば、今の妄言にも得心がいくというものよ!」 それをきいたゴズは、さすがに眉根を寄せて反論する。