ばたん、と乱暴に部屋の扉を閉め、荒い呼吸を何とか整えようと数回深呼吸を繰り返す。「何なんだよ、もう……」考えたことが無いわけではなかった。そういう夜が訪れる可能性について。春田と付き合い始めて一ヶ月半。漸く、と言うべきかは分からないが、軽く触れるだけのキスならどちらからともなくするようになった。元々、互いに恋愛経験が乏しいこともあったのかもしれないし、春田にはあまり性欲や性行為に対する執着心を感じない。心の何処かで、春田が俺に欲情するはずがないと、そう思っていたのも事実だ。シノさんにとって、俺って彼女なの?彼氏なの?あんな疑問が春田にある事すら、思いもよらなかった。そういう夜が訪れる可能性について、春田が考えていたということなのだろうか。「いや……いやいや、春田が……あの、春田が……」緩やかな期待が心に流れ込むのが恥ずかしくて、浅ましい気がして、考えを打ち消すように首を振る。暫く呼吸の整い始めた身体を扉に預けていると、廊下の方から控えめなノック音が聞こえた。「……シノさん、」紛れもなく、春田の声だ。「ごめん、さっきは。俺、デリカシーなかったよね」「そう謝れって、成瀬に助言してもらったんだな」「ぎく、」「口で言うな」はぁ、と彼に聞こえないように息を吐き出すと、扉を開けた。絵に描いたようにしゅんとした春田がそこに立っている。