ともあれ、そういった事情でイブキはのびのびと成長しており、これまでのところ人格に捻ねじれや歪ゆがみは見られない。このまままっすぐに伸びていってほしい、と周囲の大人たちは目を細めてイブキの成長を見守っていた。 と、ここでアヤカがゴズを見て口をひらいた。「ところで、司馬。話はかわりますが――」「む?」「空そら、元気でしたか?」 アヤカの声音は、あたかも昨日の献立をたずねているかのように自然なもので、ゴズに向けた眼差しにも動揺や緊張の色は見てとれない。 アヤカは青林旗士として昨日の衆議にも参加していた。当然、ゴズの報告をきいている。 見れば、エマもまたゴズに問うような視線を向けていた。 前述したように、空の母静耶しずやとエマは友人といえる間柄だった。静耶が息を引き取るとき、空のことをお願いしますと頼まれてもいる。 だから、エマは亡き友の忘れ形見の様子に常に気を配り、優しく声をかけ続けた。 そんなエマの気づかいを拒絶したのは、むしろ空の方だった。 母の死後に第一夫人となったエマは、幼い空からみれば母の居場所を奪った人。エマの子であるラグナとの確執もあいまって、幼い空はエマに隔意かくいを示すようになる。 エマはそんな空の態度に理解を示し、離れたところから空の成長を見守ることにした。これは空ばかりを気づかう自分の態度が、息子ラグナの言動に影響を及ぼしていることに気づいたからでもあった。 空が御剣家から追放されたとき、病に倒れていたエマはその事実を知らず、数日後、事情を知って血相を変えたことをゴズは知っている。 めったに式部に意見しないエマが、このときばかりは懸命に空の処分の撤回を訴えた。 ただ、むろんというべきか、式部の判断はくつがえらず、また、島を出た後の空の行方も杳ようとしてつかめず、エマは静耶の墓前でうなだれることになる。 その空の行方が五年ぶりに明らかになったのだ。元婚約者であるアヤカと同じか、あるいはそれ以上に、エマは空のことを知りたがっていた。 アヤカとエマ、二人が朝からイブキのもとにやってきたのは、空のことをきくためでもあったのだろう。 穏やかなはずの二人の視線になぜか気圧けおされるものを感じながら、ゴズはアヤカの問いにこっくりとうなずいた。「うむ。元気であったことは間違いない」 なにしろ、空装を出した自分がこてんぱんに叩きのめされたのだから。 冗談半分、本気半分のゴズの言葉をきいたアヤカは、かすかに目を細めて、そうですか、とうなずいた。「島を追放されたのに自力で心装までたどりついた。諦めの悪いところは変わっていないみたいですね」「まことにな。かえすがえすも悔やまれる。若が――空殿が島にいるとき、わしが心装まで導くことができていれば、何も問題は起こらなかったというに」 ゴズの嘆きにアヤカは小さく首をかしげたが、声に出して自分の考えを口にすることはなかった。 かわりに口を開いたのはエマである。「御館様は静耶の命日に合わせて空を呼ぶよう仰せになったそうですが、空は招きに応じると思いますか?」