獣人の少女シールによって初撃を防がれたとき、クライア・ベルヒは思わず目をみはった。 右目には、まさか防がれるとは、という驚きが。そして左目には、どうやって防いだのか、という疑問が浮かび上がっている。 全身に勁けいをまとわせて塀を飛び越えたクライアは、邸内に駆け込もうとする二人の背後に肉薄して横一文字に刀を振るった。 鬼人の少女スズメの首を一刀ではねるための一撃。苦痛なく殺すことがクライアのせめてもの慈悲だった。 この攻撃は決して全力というわけではなかったが、それでもそこらの冒険者が割って入れる隙はなかったはず。 事実、寸前までシールはクライアの攻撃に――いや、接近にさえ気づいていなかった。 それが何の前触れもなくスズメをかばって刀身の前に身を投げ出したものだから、クライアの反応も遅れた。獣人の中には野生動物じみた勘の持ち主もいるが、あるいはシールもその一人なのかもしれない。 とっさに刀を引いたとき、すでに刀身はシールの背中を深々と切り裂いており、苦痛にまみれた悲鳴が耳朶を打つ。 しまった、と臍ほぞをかんだ。鬼人以外の者を傷つけるつもりはなかったのだ。 斬られたシールは二、三歩よろけたが、倒れることなく体勢をかえてクライアと対峙する。それを見て、クライアはとっさに後退という選択肢を選んでいた。 きっちり二歩だけ後ろにさがったクライアの前で、ようやく事態を把握したスズメが短い悲鳴をあげる。「……ひ!? シールさん、怪我……!」「…………ス、スズメちゃん、早く家の中、に……」 傷が痛むのだろう、シールの声は低くかすれていた。それでも背でスズメをかばうことはやめない。その手にはいつの間にか鋭利な短剣が握られていた。 クライアの攻撃の手が止まったこともあり、このとき、スズメは逃げようと思えば逃げられただろう。 だが、スズメは動けなかった。目の前で背中から血を溢れさせているシールを置いて、ためらいなく自分ひとりで逃げられるほどスズメの心は強くない。 クライアはそんな二人のやり取りを聞いて、かすかに眉根を寄せる。己を睨んでくる獣人の少女と、今にも泣き出しそうな鬼人の少女。二人の内心が手にとるようにわかる。 命をかけて仲間を守ろうとしているシールの献身も、そんな仲間を置いて逃げることをためらっているスズメの葛藤も、クライアの目には尊く映うつる。もし己が第三者としてこの場にいれば、喜んで二人に助太刀しただろう。 だが今、敵として二人を追い詰めているのはクライア自身なのである。その事実がひたすら苦い。 ――それでも、ここで退くわけにはいかなかった。 クライアの脳裏に、かつて郷里で見た光景が思い浮かぶ。