「ま、待て、待ってくれ! もう一回、もう一回戦わせてくれ!」 その後、我に返ったラーズが真っ先に口にしたのはそんな言葉だった。 回復魔法をかけているイリアに礼も言わず、目を血走らせながら俺を睨んでくる。 そんなラーズに、俺は軽く肩をすくめてみせた。「それは立会人が認めた勝利にケチをつけるということか? 相手はギルドマスターだぞ?」「ち、違う! 今のは俺の負けだ。それでいい。それは認めるから、もう一度勝負しろ、ソラ! そうだ、決闘が一回だけなんて取り決めはなかったはずだ! 今度こそ俺が勝つ!」「ふん。まあ別にいいけど、次は誰をかけるんだ?」「なに?」「今の勝負は俺の勝ち。つまりルナマリアはもう俺のものだ。もう一度戦うというなら、別の奴隷を用意してもらわないとな。言っておくが、ミロスラフはいらないから、お前が用意できるのはイリアだけだぞ」 それを聞いたラーズが、思わず、という感じでイリアを見る。 ラーズの傷を塞いでいたイリアは、そんなラーズに対して厳しい表情でかぶりを振った。「イリア!」「だめよ、ラーズ。傷は塞いだけど、失った血は戻っていない。こんな状態で戦っても勝ち目はないわ」「だ、大丈夫だ、今のでソラの戦い方はわかった。次は俺が勝つ!」 そう叫ぶラーズの頬を、イリアの平手が鋭く打った。 パシン、という乾いた音があたりに響く。「いいかげんにしなさい! いつまで結果から逃げてるつもり? あなたは負けたの! まずそれを認めなければ、再戦も何もないでしょう!?」「……イリ……ア……」 その叱咤で、ようやく本当の意味で現実を認めたのだろう、ラーズがその場でがくりと膝をつく。 そんな二人の様子を見ながら、俺は内心でくすくすと笑っていた。 イリアの態度は厳しくも優しいもの。おそらく考えうるかぎり最も正しい対応だろう。 だが、心底から打ちのめされた人間にとって、時に正しさは厭わしいものになる。 そんなとき、甘い言葉を――甘いだけの言葉をかける相手がいれば、男はそちらになびくだろう。幼馴染といえど永遠の関係ではない。 ――俺はミロスラフを見なかった。見る必要もなかった。 ――すべては計画どおりに進んでいた。