アヤカは今、それを使っているのである。 むろん、幼少時代の記憶を突かれたからといって絆ほだされたりはしない。もしアヤカが自分のことを伝えてきたのなら、俺は冷笑して無視しただろう。 だが、アヤカが伝えてきた内容はアヤカ自身に関することではなかった。そして、島のことなど知ったことではないと無視を決め込める内容でもなかった。 どうやらかつての許婚いいなずけは、いまだに俺の勘所かんどころをしっかりおさえているらしい。 その事実に自然と舌打ちが漏れた。◆◆「――捕らえますか、御館様?」 第一旗の旗将きしょうディアルト・ベルヒが短く主君に問うたのは、御剣ラグナ、アヤカ・アズライトの両名と言葉を交わしていた空そらが姿を消した瞬間だった。 幻想一刀流の歩法による高速移動。大半の旗士きしにとっては目にも止まらぬ早業だろうが、ディアルトならばこの場を一歩も動くことなく空を捕らえることが可能である。 先刻のラグナの言い分は乱暴なものだったが、この非常事態に島外の人間にうろつかれたくないのはディアルトも同じだった。その意味でディアルトはラグナの行動を是としている。 これに対し、当主である御剣式部しきぶの答えは短かった。「捨ておけ」「――御意」 提言を却下されたディアルトは眉ひとつ動かさない。ただ、主君の声に応じるまでに若干の間があったのは確かだった。 次いで、副将である九門くもん淑夜しゅくやが声をあげる。「御館様、城壁に穴を穿うがった者はいかがなさいますか? 先の勁けいからして恐るべき手練てだれと推測されます。くわえて、島外の魔物を柊都しゅうとまで導いた別働隊の存在も懸念されます。一旗からも援軍を出すべきではないでしょうか?」 この淑夜しゅくやの献策に対して、式部は「捨ておけ」とは言わなかった。「ディアルトは西、淑夜しゅくやは北、ゴズは東。柊都しゅうとに入り込む魔物を駆逐せよ」『は!』 同時にうなずく三人に対し、式部は言葉を続けた。「そなたらは外の魔物にのみ目を向ければよい。内は気にするにおよばぬ」「は……それは穴を穿うがった者は捨ておけという意味でございますか?」 淑夜しゅくやが戸惑いがちに確認すると、式部はこともなげにうなずいた。