※※※※四時間目の授業が終わり、いつものように屋上への階段を上っていた珠紀は、ちょうど上から降りてきた拓磨と鉢合わせになった。「……今日は屋上は無理だ。雨が降ってきたぞ」珠紀の持っていたお弁当の包みにちらっと眼をやり、拓磨はそうかぶりを振る。「え……そうなんだ」珠紀は、少し驚いた顔で答えた。今日は、朝からどんよりとした曇り空で、今にも降りだしそうだったけれど……とうとう、雨になってしまったのだ。確かに、拓磨の頭を見ると、その髪の毛がわずかに濡れている。「じゃあ、どこで食べればいいんだろう……食堂はもういっぱいだろうし。こういう時、いつも皆どうしてるの?」「まあ、大体は俺の教室だな。お前のいない間もそうしてたよ」「……うちの教室?」珠紀は、意外そうに聞き返した。あのくせのある守護者の面々が、みんなのいる教室の中でおとなしく食事をしている姿は、ちょっと想像できない。いつも寝ている祐一やおとなしい慎司ならともかく、守護者の中で一番うるさい真弘がいるとなると――。「教室かあ……なんだか、真弘先輩が騒いで大変なことになりそうだね」「――騒ぐだけなら、まだましだがな。あの人の目的は、下級生の女子の物色だから……まったく、迷惑千万だよ」「――え」拓磨は何気なく言って頭をかいたが、珠紀はその途端顔色を変えた。「あ……」拓磨は、しまった、という風に口を噤む。「なによ……それ? ――どういう、こと?」珠紀は強張った顔で、矢継ぎ早に拓磨に訊ねる。「あ、いや、待てよ珠紀……それは、だな……」拓磨は、困ったように言葉を濁す。だが珠紀は、そんな彼の前で、突然くるっと踵を返した。「――あ、おい、待てよ、珠紀! どこ行くんだっ」拓磨は、慌てて珠紀に手を伸ばす。しかし珠紀は、彼に背を向けたまま、ひとり階段を駆け下りていった。「……あれ、どうしたの、珠紀ちゃん。屋上にお昼食べに行ったんじゃなかったの?」突然教室に戻ってきた珠紀の姿を見て、机の上にお弁当を広げていた女子グループの一人が声をかけた。「あ、うん、あの、さ……ちょっと聞きたいんだけど。私がいない間、真弘先輩って……時々この教室に来てた?」「鴉取先輩? ……ああ、そういえば、よく来てたよ」パンを食べていた女子の一人が、あっさりとそう答えた。「そういや、よく話しかけられたよねー。まんべんなく女子に声かけてたけど、特に伊藤ちゃんとはよく喋ってた」「……え」牛乳を飲んでいた同級生の口から、自他共に認めるクラス一の美人の名が出た途端、珠紀は硬直した。「……でも、それがどうかしたの、珠紀ちゃん――?」「おーい、珠紀。いるかー?」……その時、いつもとまったく変わらぬ調子で、突然に真弘が教室に入ってきた。「……お、やっぱこっちにいたな。雨のせいか売店が混んでて、今日焼きそばパンが売り切れだったんだよ。お前の弁当、半分わけてく……」「――先輩のバカッ!」珠紀はいきなり弁当箱を振り上げると、真弘の顔面めがけて投げつけた。「――おい、何すんだ!?」真弘は突如飛んできた弁当を、がしっと両手で受け止める。彼は珠紀に怒鳴り返そうとしたが、珠紀は更に叫んだ。「ばかあっ!! だいっきらい!」握った両手を震わせながら、大声をあげる。そして珠紀は再び、走って教室から出ていってしまった。