見られた――そう思った瞬間、イリアはとっさに右手で顔の半分を隠してうつむいた。 むろん、そうしたところで「見られた」という事実は消えない。 ソラの脳裏には崩れかけた自分の顔がしっかりと記憶されたことだろう。 それを思うと、身体中が羞恥しゅうちと屈辱で熱くなった。 はじめから顔を布で覆うなり、いっそ仮面をかぶるなりしていれば、こんな感情を味わわずに済んだだろう。 だが、イリアはあえてそれをせずにソラと対面した。 それは決して良好とはいえない関係の相手に向けた、一種の強がり。 あなたに醜い顔を見られたところでどうということはない、あなたが持ってきた解毒薬にすがりつくほど自分は弱っていない――そういう無言の意思表示であった。 だが、実際にソラに――異性に顔を見られた瞬間、イリアの強がりは日向に置いた氷のようにあっさり溶けて消えてしまった。 いったい何をしているのか、と自分を嘲あざける。 その自嘲の底にはぬぐいきれない不安があった。 冒険者として、神官戦士として何年も活動してきたイリアにとって、毒や麻痺、呪詛といった状態異常はめずらしいものではない。自分自身の身体で何度も味わい、その都度つど克服してきた。 だが、そんなイリアでさえ、今回の毒には強い不安を覚えていた。 高熱や咳、吐き気、関節の痛み、そういったものはまだいい。イリアを怯えさせるのは、手に、足に、顔に、ゆるやかに広がっていくしびれだった。 薬や魔法を用いれば、他の症状は退けることができた。すぐに再発するにしても、一時的に症状を消すことはできたのだ。 だが、このしびれだけは決して消えない。ゆるやかに、しかし確実に身体を侵していく。 今はまだ手も足も動く。立って歩くことも、母やラーズ、子供たちと話すこともできる。だが、いずれそういったことはできなくなるだろう――そんな確信が脳裏にへばりついて離れない。 その確信を肯定するように、しびれに覆われた顔の右半分は醜く崩れ出していた。 それにともなう痛みはない。実際、顔を蒼白にした母に指摘されるまで、イリアは自分の顔の変容に気がつかなかった。その事実がなおさらイリアを怯えさせている。 痛みとは異常の侵食を知らせる身体の警報である。警報が鳴らなければ、人間はどこに異常があるのかさえ判断できない。たとえ手足が腐り落ちても、自分はそれに気づけない。そう実感することの、なんとおぞましいことか。