頭は彼の言った言葉のひとつひとつをしっかり理解していた。 でも僕の心はもはや”理解する”ことを放棄したがっていた。 腹の底から何かがせり上がってくる感覚。 吐き気がする。めまいもしてきそうだ。目の前にいる存在がもう僕には”人間”に見えなかった。 怒りなどとうに通り越して怖いくらいに僕は冷静だった。 「事故・・・?はっ!!!事故な訳がない・・・あなたは車が迫っているのを知っていた。 必死な母が僕が目の前に今いると言われたらどんな行動をとるかなんて あなたには手に取るように分かったはずだ。 子を想う気持ちを、利用し、貶め、愚かと笑う・・・ あなたは・・・壊れてる。 心が壊れている・・・・。じゃなきゃこんなこと笑いながら語れない!! 母さんはあなたに殺された!言い逃れなんて絶対させない!!!」 怒りで目の前が見えなくなり、気づけば僕は九条さんの胸ぐらを掴んで 声を張り上げていた。胸を掻き毟りたくなるような哀しみと痛みに 心が引き裂かれそうで、この憎しみを、怒りを、煮え滾るような憤りも 目の前にいるこの男にぶつけなければ気が狂いそうだった。 九条に僕がすぐそこにいると言われて・・・ でももういないかもしれないとも言われてどんな気持ちで母さんは道路へと駆けだしたんだろう・・・。 やっと会える・・・今を逃したらもうきっと二度と会えない・・・。そう、思ったのだろうか。 駆けだした先に僕がいる確信なんてなかったのに そこに少しでも希望があるのならと思ったんだと思う。僕の母さんはそういう人だった。 どんな絶望の中にも希望を見つけ出そうとする。 そんな人だった。 もう沢山だ。なんでもっと早くに僕は動けなかったんだろう。 九条さんの危うさをあの日、データを見た日から僕は十分認識していた。 もっと早く、彼の元を去っていたら、母さんはあんな死に方をしなくて済んだ。 なのに。 「天。この手をどけなさい。君を捨てた女じゃないか。 一度は捨てておいて今度は返せだなんて、 そんな自分勝手な女の死になぜそこまで必死になるんだい?」 それ以上はもう限界だった。 僕の中で何かがブチっと音を立てて切れた感覚がした。 「く・・・・じょぉおお!!!」 母さん達に僕を手放すように最初から全て仕組んで、仕向けておきながら 何を、何を言ってる?こんなやつに、こんなやつのせいで 僕は、父さん、母さんは・・・・陸も・・・・!! 気づけば僕は自分の拳を握りしめ、目の前の男に向かって 煮えたぎる感情の濁流をぶつけようとした瞬間。 「天!!!!やめろ!!!!!」 バン!と扉が開き、気づけば振り上げた拳は誰かにがっしりと握られていた。 「なっ!!!!何・・・楽、放して!!!こいつは!!!」 僕の拳を放そうとしない楽の手をふりほどこうとしてもビクともしない。 こんなに体格差が憎いと思ったことはない。 「落ち着け馬鹿!!殴るな。こいつにお前を糾弾する材料与えんじゃねぇ! 冷静になれってんだ!!」 楽の一言に僕はさっと冷水を浴びせられたかのように さっきまで頭に上っていた熱が引いていくのを感じた。この男は僕に殴られたらそれさえもうまく言い換えて、事実をねじ伏せて 僕を、ゆくゆくはTRIGGERを揺する材料にもするだろう。 それがこいつの手だ。 痛いほどわかっていたはずなのに。激情に駆られて危うく判断を誤るところだった。 「ごめん・・・・」 「ん・・。あぁ・・・・。」 小さく告げた僕の謝罪に楽も僕の手を離しながら小さく返す。