「だからエリィのように欲がないのは非常に珍しい。駆け引きもない。腹芸をしなくて楽だ」
「私にも欲はありますよ。ただそのような欲では食べてはいけなかっただけです」
「そうだったな。君は令嬢じゃなかった」
「左様でございます」
セドリックは瞳を閉じて、そよ風を堪能し始めた。
そしてエリィは遠い故郷をふと思い出した。
令嬢時代はそういったおねだりが可愛いとされ、婚約者が叶えるという図が形式美だった。贈られたものはステータスの一つとして、令嬢たちは影で贈り物の価値を争っていた。
多くの令嬢は大切にされていると誇張し、高価なものを見せては「自分はこれだけ資産のある人の妻になるのだ」と自慢した。欲に溺れ我が儘がいきすぎて破談になった令嬢もいれば、貢ぎすぎて破産した令息もいた。
エリィはそれを感じとりフィルの自尊心を満たす程度に調整していても、結局は無駄だったのを知っている。
具のあるシチューが食べたい。固くても良いからベッドで寝たい。湯船に浸かりたい。汚れのない服が着たい――――そんな平民としても当たり前の欲が叶わず、追放直後は苦しんだ。執着イコール欲というものは生きるためには何にも役立たなかった。