男の言葉を咀嚼しきれない。『果て』が実在して、この男はそこにいて、このダンジョンは彼が作ったと。話す内容全てに現実味が無くて、ほとんどおとぎ話のようだった。「……ふざけた野郎だな。まあ、『果て』があんなら、俺はそれでいい。戦う気がねえなら、さっさと消えろ」「君は、ほっといても『果て』まで来そうだね。昔よく見た眼をしているや」 ガエウスは、また僕の後ろに引いた。無貌の男は変わらず笑っているけれど、その笑みは少し、ガエウスと似てきていた。獰猛な捕食者、狩人の笑い方。「いいね、君たち。面白い。君たち皆、強そうだ。……けど、君。ロージャっていうのかい?『果て』に興味、無さそうだね。ちゃんと来てくれるのかな?『果て』を潰して、魔素の無い世界にしようと思ってくれるのかなあ?君、魔導使えないのに巨人を殺せるくらいだもんなあ。困ってないよね、きっと」「……『果て』を攻略すれば、魔素は消えるのか?」 ふと、僕は尋ねてしまった。 昔から、『果て』まで行けば世界を救えると伝承で謳われていた。別の伝承では、『果て』で魔素が生まれていて、それが溢れて、世界に魔物と魔導が生まれたとあった。けれどそれらは全て昔話で、誰かが創り出した夢物語だと、僕は思っていた。 この男は、真実を知っているのかもしれない。この世界の真実を。「消えるよ。魔素はもう世界に満ちているらしいから、消え去るのにどれくらいかかるかは分からないけれどね。……もしかして、あの病気ももう流行ってないのかな。だから誰も『巣』に来なくなったのかな。……少し、外を回ってみないと駄目かな」 男の言葉は尻すぼみに小さくなって、最後は独り言のようになっていた。「まあ、そのへんはまた後で考えればいいか。ねえ、ロージャ。『果て』までおいでよ。そこで待ってるから。『果て』で戦うのがいちばん楽しいんだ。場所は教えないけど、君たちならきっと、辿り着けると思う」 僕は答えない。 世界の真実に、興味はある。僕だってガエウスほどじゃないけれど冒険が好きで、何より信頼できる仲間との旅が好きだった。 でも、『果て』は僕には、遠すぎる。目指す目的も無い。僕の中にある、誰も知らないところまで辿り着きたいというほんの僅かな憧れだけでは、『果て』を目指すには、足りなかった。「ううん、残念だな。君には大事なものが多すぎるみたいだね。……そうだ。なら、」 男はなんでもないようにつぶやいて、けれど言葉を切った瞬間、彼から殺意が膨れ上がった。 鳥肌が立つ。背筋が凍える。僕の生物としての本能全てが、警鐘を鳴らしている。この男は、危険だ。 湧き上がる怯えを叩き潰して、彼の一挙手一投足を注視する。何かが、来る。 そして僕は、前方の無貌の男の右手首から先が、なんの前触れも無く掻き消えるのを見た。その意味を僕は理解できていない。けど僕は、自分の真後ろでほんの僅かに空気が揺れるのを感じた。 僕の後ろには、シエスが。 刹那より速く振り向く。手にしていた手斧を、空気の揺れたところ、シエスの胸元手前目がけて振り抜く。 そこには、白く不気味な手が、手だけで浮かんでいた。それを手斧で切り裂いた。 手は、潰せた。けれど間に合わなかった。シエスは胸元を手で押さえて、驚きながら苦しげな表情を浮かべている。「ロージャ。君、すごいね。どうして今のが分かったんだい?危うく消し飛ばされるところだった」 本気で驚いているような声が聞こえた。答えている余裕はなかった。「シエスっ!!」