98点。悪くない数字だ。だけれど、ここまでくればあと二点欲しかったと思うのが人間の性というものだろう。「はーい。いつも通りクラストップは氷川さんでーす」 テスト返却のいつもの光景。以前は点数や順位を暴露されるのは癪に障ったけれど、最近では周りの人に悪意がないことも分かっている。やっかみや妬みのような声もなく、紗夜ちゃんすごいね、や、勉強教えて、などという声が聞こえてくるのは、私にとって数少ないコミュニケーションの機会だ。「氷川さん、イジワルしてごめんなさいね。毎回100点っていうのも、先生のプライドってもんがあって」 若い女性教師は悪びれもせずに言った。実際にここ数回は満点をキープしていた。今回は少し角度を変えなければ分からない難問が一つ含まれており、それは先生のほどよい遊び心と挑戦心の表れだった。「いえ。全く分野が違ったり、公式を知らなければ解けないような理不尽な問題ではありませんでしたから。素直に私の勉強不足です。とてもいい問題でした、精進します」 私達と年が近く、点数や出題の意図などをあっけらかんと口に出してしまう先生だ。私もつい自然と受け答えしてしまう。紗夜ちゃん――公の場以外では、この先生は生徒のことをできるだけ下の名前やあだ名で呼ぶのだけれど――最近雰囲気柔らかくなったから話しやすいわ、などと言われもする。「せんせー、大人気なーい!」「紗夜ちゃんの方が大人っぽいんだけど」 先生は軽口を楽しげにたしなめ、テスト結果の分析と解説の時間はあっという間に過ぎた。自分の努力を確認する道具でしかなかった。そんな無機質なテストという時間が、今となっては貴重な楽しみの時間にもなっている。紗夜ちゃん、か。氷川さんの声が減ったのはいつ頃からだったろう。 三限目になった。「紗夜ちゃん100点じゃん、すっごーい!」 隣の席の大橋さんが声を上げる。一限目の数学は惜しくも届かなかった。先程の世界史の先生は厳しいことで有名だ。十分な点を取れたと自負はしているが、満点ではなかった。三限目にしてやっと満点が返ってきた。「こら、大橋さん。人の点数をとやかく言うものではありません」 先生がいさめる。とはいえ芯からピリつくわけもなく、「まぁ、あなたが言わなくともみんな想像はついてたでしょうけど」 ただのクラストップと満点が伴うのとでは、微妙に教室の空気が変わる。満点の居心地はあまり良くなかった。