そんな陸の笑みを見つめながら、環がぽつりと言葉を投げ掛ける。 「俺、あんたのこと、知ってる。ななせ、りく?」 「……え?」 そこで初めて、陸の表情が崩れた。環は陸を見つめたまま静かに言葉を探していく。 「子供の頃、施設で一緒だった」 「……どこだろ?色々行ったから…」 「○○園ってとこ」 環の言葉に、陸が宙をみながらううんと唸った。助け船を出すように、環が言葉を続ける。 「あんた、ほんの少ししか居なかったけど」 「……ごめん、わかんないや」 「そっか」 呟く環を、陸は記憶を辿るかの様にじっくりと見つめていた。 「それで、今はアイドルしてるの?すごいなぁ」 「りっくんは?」 「え?」 「一緒にやろうよ、アイドル」 「……なんで、ていうか、りっくんて…」 「いいじゃん、やろうよ!」 環がぐいっと陸に近寄って、陸は思わずじりっと後ずさりをした。 「おう、紡じゃねぇか!」 その時、場違いな程に陽気な声がかけられて、はっと皆で振り向く。そこには、変装したトリガーの3人がいた。龍之介が手にドーナツの箱を掲げている。 「大和くんからここで撮影してるって聞いてたから。近くにいたから差し入れ持ってきたよ」 「……り、く?」 「…っ!」 にこやかな楽と龍之介のそばで、天が目を大きくして呆然と呟いた。 その姿を認識した瞬間、陸は踵を返して、全力で駆け出した。 「まっ……陸!待って!!」 あまりに動揺した様子の天が、珍しく足を絡ませて転びかける。慌てて楽が抱き起こした。 「あっ…ぶねぇな!おい、どうした…」 「今の…天の知り合い?」 「九条さんの、お知り合いなんですか?」 「陸……りく、なんで……」 天は力の抜けた体で、ひたすらに陸の去っていった方向を泣きそうな瞳で見つめている。目が合ったのに。 会いたくてあいたくて、やっと会えたのに。 確実に、ボクだと、わかったはずなのに。 それなのに、どうして、陸……「あの子は……陸は、ボクの生き別れの、双子の弟だよ…」その言葉と天の様子に、全員が言葉を無くした。「タマ、あいつと…施設で一緒だったって…?」 「え…それ、いつの頃?」 大和の言葉に、天がすばやく反応する。 環は小さく頷いた。 「施設で少しだけ一緒になった」 「教えて!陸のこと、何でも、少しだけでもいいから!」 天が環にすがり付く。言っていいのか、と言うように環は視線をさ迷わせた。 壮五も躊躇いながら口を開く。 「環くん…人の過去を、こんな風に勝手に言っていいなんて思わないけど……でも、あの子を、九条さんをこのまま放ってはおけない」 「そうですね、知りたいです…」 一織も呟いた。あの笑顔……陸の張り付けたような笑顔を思い出して、一織は胸が苦しくなった。 簡単に人の内側に入り込んで自分の内にも入れてるように見せかけて、それでいて本当の心の内側に高い壁をつくって、誰もいれないようにしているみたいな、あんな…… 自分とそう年のかわらない陸が、どうしてあんな顔をしなくてはいけないのか…気になって、仕方がなかった。「知りたい…ボクには、知る権利がある」 天の強い視線を受け入れるように、環はぽつりぽつりと語り始めた。∴∴∴環が小学校中学年位の頃。 環のいた施設に、ある時一人お友だちが増えることになった。こそこそと漏れ伝う園の人の噂話では、そうとう酷い虐待を受けて、しばらく入院していた子のようだというのだ。環は正直、肩を落とした。 可哀想だとは思うけど、たまにそういう境遇のやつが来ると、ストレスからなのか…隠れて年下の子に乱暴したりすることもあるから、環はその子が来るのが心配だった。 だから、妹のために見張ろうと思ったのだ。そしてしばらくしてから園に来たのは、陸だった。退院したから来たんだろうが、陸はまだまだ体中にいっぱい怪我をしていた。環が見ていると、陸はいつもにこにこしていた。 ──でも、からっぽだった。 何故かわからないが、幼い環には、そう、はっきりとわかった。乱暴しないし、下のやつらにも優しかったけど、陸はからっぽで、なにを考えてるかわからなかった。ある日。陸が発作みたいな様子で息が苦しそうな場面に出くわしたことがある。 周りには誰もいない。慌てて大人を呼ぼうとしたら、陸にやめろと言われた。このまま死にたい、って。 陸は息も絶え絶えに、はっきりと言った。はじめて、本心を見せてくれた気がした。 それが死にたいってことが、環には悲しかった。だから助けた。入院して、帰ってきたら仲良くなろうって思っていた。けれど陸は結局病院の近くの別の施設にそのまま移動したみたいで、そのあとは、会えなかった。「そんな……」 環の回想に、天は顔を白くして、肩を震わせて目を覆った。 環も、悔しくて、体が震えそうだった。 「りっくん、あのときのまま。自分守るための笑顔で壁つくって……それで、きっと、今も死にたがってる、そんな気がする。でも…そんなの、嫌だ。今度こそ、仲良くなりたい…」「陸……そんなことが…」 天の瞳から、涙が溢れた。 ずっとずっと、会いたかった。そのためにアイドルになった。 会えたらきっと、幸せになれると信じていた。会えさえすれば、そこでハッピーエンドに繋がると、信じていたのに。 どうしていたか、ずっと気になってたけど、まさかそんなに酷い目に遭っていたなんて…… 陸のことを想うと、天は胸が張り裂けそうだった。 のうのうと何も知らずに生きていた自分が、情けなくて、苦しくて、悔しかった。「そんな事情が……なんとか力になれないかな?」 「ほっておけないだろ……」 龍之介と楽が、天の背を支えながら目を合わせている。 大和は、陸の消えた道の先に視線を向けた。 「……確かに、あの才能を潰したくないしな」 「ああ……僕も、そう思うよ」 音晴も大和の視線を辿るように、冷たい風の吹き抜ける道を見つめていた。「はぁっ、はっ…」 まるで隠れるみたいにして、街の隙間の汚れたコンクリートの壁に背中を押し付けて、陸は荒く上下する胸をなんとかおさえていた。ぼんやりと、空を見上げる。 公園ではあんなに広かった空は、ここではビルに阻まれてほとんど見ることができなかった。 見上げた頬に、涙が伝ってくる。ほんの一瞬…目が合っただけだったのに、兄は自分のことをすぐに気付いてくれた。すがり付くような目を陸に向けて、求めるように陸へと差し出された、天の手。ほんの数秒の邂逅を、何度もなんども思い返して、陸は震えるくらいに嬉しかった。──けれど、それなのに。逃げてしまった。大好きな兄からあんな風に、逃げ出してしまった。ぽろぽろと涙が落ちて、足元の汚れたアスファルトを染めていく。怖かった。会いたかったけど、会えない。もしも、あの時天と別れたままの陸でいられたなら…きっと天に抱き付いて、もう離れないと泣きながら叫んでいたかもしれない。 けれど、もうあの時とは、何もかもが変わってしまった。自分があまりにも変わってしまって惨めだし、こんな風に思ってしまう自分のことが恥ずかしかった。あんなに輝く兄に… 努力して登り詰めたであろう、まばゆいステージで踊る天は、本物の星のように輝いている。 そんな兄に対して、自分はどうだ。 …きっと自分の存在は、兄を困らせる時が来る。 高みにのぼりつめる兄の足を引っ張る瞬間が、きっと訪れる。 …自分と言う存在は、汚点だと思った。あの時離れた陸と天の道は、きっともう決定的に違うものとなって、交わることがないように思えた。疫病神と向けられた言葉が、まるで呪いのように陸の頭から離れないでいる。これ以上天から、何も奪いたくない。天にとって疫病神になってしまうことだけが、陸は心の底から、怖かった。