22. 黒髪ロリの野外お仕置き
アナをラトローマ商会に預けて数日経ったが、まだ買い手が見つかったとの連絡は来ない。
相応の時間がかかるのは承知しているので、俺は焦ったりはしなかった。
それに他にやるべきことを色々と抱えているので、そちらにばかり係かかずらっている訳にはいかないのだ。
色々のうちのひとつを片付けようと、その日の朝食を終えるとすぐに俺はシラエを連れて外出した。
アメニアはアカネの尻穴開発に夢中になっていたので置いてきた。
「どこ行くの?」
俺の横を歩くシラエが聞いてきた。
「魔術関係の商品を扱っている店だ。この新市街区にあるらしい」
街の人間に色々と聞いて回ったところ、王都にはそこ一軒しか魔術の店はないようだった。
魔術師自体、絶対数が少ないので必然的に魔術師向けの店というのも少ないのだろう。
一軒でもあるだけマシなのかもしれなかった。
新市街区のメインストリート――――つまり最初に俺たちが王都へ来る際に通ってきた街道のことだが、そこを横切って東地区の住宅街へ入る。
聞いた話ではこの辺りの一角に店があるそうなのだが、正確な場所を知っている人間がいなくて、大まかな所在地しか分かっていなかった。
老舗というわけでもないようで、人工知能に聞いても情報はないとのことだ。
そうなると歩いて探し回るしかない。
俺は地元の人間に道を聞いてみようと思い、植木の手入れをしているおっさん――――をスルーして、その向こうの幼女に話かけた。
「お嬢ちゃん、ちょっと道を聞きたいんだけど良いかな?」
「なぁに?」
シラエを連れているせいもあって、全然警戒されなかった。
「この辺りに魔術のお店があるはずなんだけど、知らないかな?」
「まじゅちゅ? わかんなぁい」
「そっかぁ、ありがとう」
俺は幼女の頭を撫でてから、仕方なくおっさんに道を聞いた。
シラエの視線が突き刺さるようだが、そのくらいで俺の鉄の心臓は揺らいだりしない。
おっさんが快く道を教えてくれたので、その通りに行くと店は簡単に見つかった。
見た目は民家と変わらないが、戸口に『パニュース魔術商店』という看板が出ている。
魔術という響きから連想されるような怪しさは微塵もなかった。
ドアを開けて入ると正面にカウンターがあり、そこに店員らしき男が座っていた。
俺の想像の中では、魔術の店というのはローブを着た爺さんが「ヒヒヒヒッ」と笑いながら大鍋をかき回しているようなのだった。
しかし現実は、普通の服を着た無精髭のおっさんがいて、暇そうに頬杖をついている。
「ああ、いらっしゃい。――――おや、ご新規さんかな?」
無精髭の店員は俺たちが入店すると気さくに話しかけてきた。
「ああ、初めてだ。王都に来てからまだ間もなくてね」
「そうなのかい。いや、こういう商売は常連客がほとんどで退屈なもんでね、新しい人は大歓迎だ」
そう言って破顔した男は「店主のビド・パニュースです」と名乗った。
「それでどういった商品をお探しで?」
「魔力回復の薬と、あとは対魔術装備があれば見せてもらいたい」
特に欲しいのが魔力の回復薬だ。
今日はそのためにこの商店まで足を運んだと言ってもいい。
魔力が無くなる度に子供たち一人一人にルーンを書いて吸収するのは想像以上に面倒な作業なのだ。
できれば金を払ってでも手間を省きたい。
それに魔眼の騎士と戦った時のように、咄嗟に魔力補給ができずギリギリの戦いになるような事態は可能な限り避けたかった。
そのためには即時摂取ができる回復薬の携行は必須だろう。
俺の要望する品を聞いたビドは、何故か「ははーん」と意味ありげに笑った。
「あんたも魔術師の塔の噂を聞いて挑戦しようって口かい?」
「ん? なんのことだ?」
俺が首を捻ると、ビドは拍子抜けしたような顔をした。
「なんだ、違うのかい。俺はてっきりそうかと思ったんだが」
「その魔術師の塔ってのは何なんだ?」
俺が尋ねると、ビドは戸口の方を指差して言った。
「そこの道を東に向かってずっと行くと、街の外れに塔が建っているんだが知らないかい?」
「王都に来たばかりだと言ったろ。初耳だよ」
「おおっと、そうだったな。で―――元々は新市街が広がっていく前からあった古い塔なんだが、それを去年、彼の大魔術師メノトゥースが買い取って住むようになったんだ」
「へぇ、メノトゥースが」
誰だそれ? 人工知能、説明しろ。
『了解しました。グエドバル・メノトゥースはリブド共和国出身の魔術師です。年齢は68歳。幼少の頃より魔術に秀で、22歳でリブド共和国の魔術協会委員に選任されました。その後共和国を出奔し中央大陸の西部から中部、南部にかけてを放浪。38歳の時グノハルト王国に立ち寄り、リーモス戦役に巻き込まれてほぼ独力で敵の一軍を撃破しました。以降グノハルト王国に居を定め、大魔術師の呼称で広く国民に知られています』
人工知能の解説を聞き流しながら、俺はビドとの会話を続けた。
「塔を買い取ったメノトゥースはその最上階に住み始めたんだが、ほどなくして塔の前に立て札が立てられたんだ。それが面白い内容でな――――」
なんでもその立て札には、最上階にいるメノトゥースの所まで来ることが出来た者は弟子に取ってやる――――という内容が書かれていたそうだ。
上から目線の話だが、これまでほとんど弟子をとることのなかったメノトゥースに弟子入りできる機会とあって、この一年間に何人もの若い魔術師が塔を登ろうとしたそうだ。
しかし塔の1階から5階までは各階に試練が用意されており、それを潜り抜けた者しか最上階である6階には辿り着けないようになっているらしい。
漫画みたいな話だが、ちょっと面白そうではある。
特にそのメノトゥースという魔術師は見てみたい。
人工知能が言っていたようにひとりで一軍を撃破したとなれば、きっと今の俺じゃ及びもつかないほどの力を持っているのだろう。
「それで、最上階まで辿り着けた奴はいるのか?」
「いいや、まだ誰も成功していないのさ。うちのお得意様の中には、意地になって何度も挑戦しているうちに、王都に住み着いちまったような人もいるよ」
それだけメノトゥースの弟子という立場には価値があるのだろう。
「あんたも魔術師なら一度挑戦してみちゃどうだい?」
「そうだなぁ、考えてみるよ。そのメノトゥースだがこの店の常連なのか?」
「まさか。大魔術師ともなれば、こんな店で扱ってるような商品はお呼びじゃないだろうさ」
ビドはそう自嘲すると、棚から小瓶を取り出してカウンターに置いた。
「話が逸れたな。さて、これが当店謹製の魔力回復薬だ。大魔術師様ほどの腕はないが、品質は悪くないよ」
小瓶の中には10粒ほどの丸薬が入っていた。
ビドの説明では1粒で常人約10人分の魔力が回復するという。
俺の使っている魔力ポイントに換算すれば250P前後といったところだ。
ちなみにお値段は一瓶で金貨3枚とかなりお高い。
一般的な庶民の月給二ヵ月分相当だ。
「装備の方も見せてくれるか」
「対魔術の装備となると、うちに今あるのはこれくらいだね」
ビドが出したのは鎖帷子と黒いローブのふたつだった。
「どちらにも魔力遮断の付与効果がある。肉体へ直接作用する魔術に対しては高い効果が望めるよ」
遠距離攻撃は防げなくても、『麻痺』や『睡眠』のような魔術になら抵抗力が上がるということらしい。
ただし着用者以外のすべての魔力を遮断してしまうため、仲間からの回復魔術なども弾いてしまうそうだ。
「装備の特定部位に魔力を流せば、遮断効果のオン・オフができるから、支援魔術を受ける時には忘れずにね」
「で、お値段は?」
「鎖帷子が金貨15枚、ローブが12枚だ」
「ぬぬ……いいお値段だな」
「効果の付与に1年近く時間を食われるからね。手間ひまかかってんのさ」
現在の資金力だと二の足を踏んでしまう価格だな。
仕方ない、アナが売れるのを待つか。
……いや、もしかしたらこれ自作できるんじゃないか?
魔術で装備に付与効果を与えてやればいいんだよな。
それなら資金の節約どころか、割の良い副業にもなるぞ。
と思ってそれとなくビドに製法を聞いたのだが、耐魔鉛やらナントカ薬やらと、特殊な素材が必要らしく素人には手が出せそうになかった。
「……回復薬の方だけ一瓶くれ。金が溜まったらまた来るよ」
「はいよ、お買い上げありがとう」
代金を払い薬の小瓶を腰のポーチにしまっていると、ビドが手持ち無沙汰にしているシラエの方を見ながら聞いてきた。
「もしかしてその子は兄妹弟子かい?」
「ん? いや、妹だが魔術師じゃないぞ」
俺が他人に妹だと紹介したのが嬉しかったようで、シラエは得意げな顔をしていた。
「そうかい。ミカオの民っぽいから見習い魔術師かと思ったんだけどな」
「ミカオの民?」
「なんだそんなことも知らないのか? 大陸の中央辺りをぐるぐる回っている流浪の民だよ。魔術の才能を持ってる者が多いらしくて、ミカオの傭兵魔術師っていえば結構有名なんだけどなぁ」
なにやらミカオの民に関する話は常識であるらしい。
しかし首を傾げているシラエの様子を見るに、自分の出身のことなど何も知らないようだ。
孤児だったのだから仕方のない話ではある。
もう少しそのミカオの民について聞こうかと思ったが、ドアが開いて別の客がやってきてしまった。
まあいい、後で他の人間や人工知能に聞いておこう。