『確かにそりゃそうだ。でもボスが平気な顔をしていると、大した問題じゃないと思って動かないかもしれませんぜ。ボス、あの建物の二階の窓に向かって、『嫌がらせが辛いなー』って言ってみたらどうです?』「……それ、そこにいる密偵の人達をおちょくるだけじゃないですか」「ウォン!」雰囲気が相談から雑談へと移っているヴァンダルー達に、唯一アッガーを脅威だと感じているファングが鳴き声を上げる。 二度と近づかないようにするべきだと主張しているようだ。「大丈夫です、ファング。あいつ等は直接的な暴力に訴える事は出来ません。ヨゼフもアッガーも、それぞれの立場と権力、権限が最大の武器で、それ以外は大した事ありません」 ヨゼフなら商業ギルドのサブギルドマスターで領主の叔父である事、アッガーなら衛兵である事。彼らはそれを利用してヴァンダルー達に嫌がらせをしている。 だが、逆にそれから大きく逸脱するような事は出来ない。もしそれをしてしまったら、逆に自分達の首が締まるからだ。「まあ、その辺りの事に気がつかなかったり忘れたりするのが人間ですが。……俺も気をつけないと」「ワン?」 そう自分に言い聞かせるヴァンダルーを、ファングは不思議そうに見つめた。御主人は人間じゃないのに、何故気をつけるのかと。 彼がヴァンダルーに何度言われても理解しなかった事。それは、ヴァンダルーが「自分は人間である」と本気で思っている事だった。 モークシーの町から離れた神域で、『生命と愛の女神』ヴィダは親しい兄弟にして姉妹達と卓を囲んでいた。『魂の再構成が無事終わったか。この一週間がヴァンダルーにとって最大の隙だったが、これで一息つく事が出来る』 『時と術の魔神』リクレントが安堵の溜め息を吐く。『隙ではあるけれど、アルダ達には突きようがない。たった一週間じゃ、英雄達をあの戦いの後すぐ動かしても、最初からアルクレム公爵領内に居る者達ぐらいしか間に合わない。転生者にしても周辺には居ないようだし、ビルカインは拙速に動く性格じゃない。リクレントは心配性が過ぎる』 荘厳な装飾が施された銀の杯を磨きながら、『空間と創造の神』ズルワーンが言う。