ちなみに、人間嫌いのファングだが自分と同じようにヴァンダルーに導かれた存在に対しては親近感や仲間意識を覚える為、敵意や過剰な警戒心は覚えないようだ。 ファング自身はそれを、サイモンが外見はそのままに人間ではない別の存在になったからだと解釈していた。「数日でヘルハウンドになったお前程じゃないが、俺も生き方を変えられるって気がしてきたぜ」「ワンっ」 そしてファングにとってサイモンは初めてできた後輩なので、対応は柔らかかった。「その意気だ、後輩」と言うかのように鳴いて励ます。 だが穏やかな時間は不意にかけられた声によって終わった。「ヘルハウンドをテイムしているのか。どうやら、腕利きのテイマーらしいな」 前触れも無く聞こえた声に、ファングが素早く立ち上がりサイモンを庇う。その様子に声の主……ランドルフは感心したように頷いた。命令された訳でもないのに主人を庇い、しかし襲い掛かっては来ない。獰猛さと凶暴さで知られるヘルハウンドをよくここまで仕込んだものだと。 そう、彼はサイモンをテイマーだと勘違いしたのだ。「い、いや、別に俺は――」 突然現れた冒険者らしい人種の男に戸惑うサイモンが動揺しながら答える前に、ランドルフは一方的に用件を述べた。「悪いが、一つ依頼をしたい。この二人を冒険者ギルドまで届けて欲しい」 そしてランドルフは風属性魔術で浮かせていたナターニャとユリアーナを、自分の背後から前に出してサイモンに見せる。「なっ!? こいつは酷ぇ……っ」 布で身体を包まれているが、二人に四肢が無い事は一目見れば分かった。特にユリアーナの方は、サイモンとファングを前にしても、虚ろな眼差しを向けるだけで反応らしい反応が全く無い。「だったら冒険者ギルドより治癒魔術師の施術院の方が……いや、神殿の方がいいか!?」「待ってっ、落ち着いてくれ! 傷は大丈夫だからっ、冒険者ギルドまでオレ達を連れて行って欲しいんだ! オレはナターニャで、こっちはユリア……そう、ユリアさんって言うんだ。実は――」 自分よりも深刻な状態の二人の姿に気が動転しているサイモンに、ナターニャが慌てて事情を話し始める。 ランドルフはそれを黙って見守っていた。ナターニャにはユリアーナの事を、ミノタウロスの群れに襲われて捕えられた先で出会った女で、『ユリア』と言う名前しか知らない事にするように言ってあった。