だが、今の俺は不思議なくらいその気が失せていた。というのも、そもそもの理由である「口封じ」をする必要性が、俺の中でかぎりなく薄れているからである。 俺が慈仁坊を斬ったことを知られる。幻想種を討った事実を知られる。鬼人スズメの存在を知られる――それがどうしたというのか。 御剣家が俺とスズメの命を狙ってくるなら返り討ちにすればいい。ゴズより上位の高弟が来ようが、八旗の主力部隊が来ようが、今の俺ならば――幻想種を喰った俺ならば勝つことができる。 むしろ、口封じなんぞしない方がいいとさえ思う。ゴズの口から俺の生存と実力を知らされた鬼ヶ島の連中がどんな反応を見せるのか、今の俺にはそれを想像して愉たのしむ余裕があった。 三日前は斬るだけでレベルがあがったゴズたちにしても、今となっては三人まとめて殺してもレベルの一つもあがらないだろう。口封じする意味もなければ、喰らう意味もないとなれば、自然、戦う意欲も殺がれようというものだった。 ――むろん、だからといってただで帰してやるつもりはなかったが。「帰るならとっとと帰れといいたいところだが、一つ、いや、二つきこう。スズメを襲い、俺の仲間を傷つけたことを詫びる気はあるか? 当人たちの前で頭を地面にこすりつけるなら、こちらとしても考えないでもない」 その言葉に真っ先に反応したのはゴズではなくクリムトだった。白髪紅眼の同期生はあざけるように唇を曲げて言い放つ。「戯言ざれごとを。空そら、お前は鬼人を亜人の一種だとでも思っているのか? あの娘を放置しておけば、次はお前の隣で幻想種が現界げんかいすることになるぞ。鬼人は見敵必殺、無知ゆえにこれをかばうバカも同様だ」 吐き捨てるようにいったクリムトは、こちらの反応を待たずに言葉を重ねた。「あのエルフも本来なら初太刀で殺していたところだ。命があっただけありがたいと思え。姉さんを邪魔した獣人や魔術師も同じことだ!」「なるほど、詫びる気はないということだな」 相手の敵意を淡々と受け流して応じる。クリムトがいぶかしげに目を細めたが、俺はかまわずクライアを見る。俺の視線を受けたクライアがゆっくりと口を開いた。