それからしばらく、二人は最初に決めた方向に向かって真っ直ぐ歩いていた。 千聖と並んで歩く紗夜の右隣を、1台の車が通過していった。 日傘が風に揺らされる感覚がして、千聖は持ち手を握る左手にぎゅっと力を込めた。 紗夜は振り返って、勢いよく通り過ぎる車を視線で追った。 車が巻き起こした風によって、彼女の長髪がなびく。 車は、二人の客を乗せたタクシーだった。「思えば、本当に困った時は、タクシーに乗るという選択肢があるのですね。もっとも、学生である私達にとって、あまり使うのに相応しくない手段ですが」「え? ええ、そうね。……あまり、花音には勧められないわよね」 タクシーという選択肢を否定した千聖は、少し罪悪感に苛まれていた。 彼女の財布の中には、タクシーチケットが控えている。まさしく、芸能人であった。 しかも彼女は、他のパスパレメンバーよりも少し多い枚数のチケットを事務所から貰っていた。 千聖はこの施しに対して屈辱を感じながらも、その有用性故に、毎月彼女は笑顔で感謝を伝えながらチケットを受け取っている。 とはいえ、花音と迷子になった時に、その切り札を使ったことは一度もない。 その時、正面へと視線を戻した紗夜が、あることに気が付いた。「あそこに見える建物、あれはショッピングモールではないでしょうか?」「ええ、そうみたいね」「あそこに向かいましょう」「あら、何かあるのかしら?」「はい。あそこに、私達を助けてくれるものがあるはずです」 そういう紗夜の眼には、かつての力強いモノが戻っていた。 二人の歩みが、少し速まった。 ショッピングモールに入るや否や、紗夜は入口脇にある案内図を目ざとく発見し、それに対面した。彼女の指と視線が、走査的に案内図を上下する。「このような施設には、どこかにインフォメーションセンターがあるはずです…………ありました」 数秒ほどで目的のものを見つけ出した紗夜は、千聖が後についてきていることを確認すると、すぐさまショッピングモール内を進み始めた。千聖も彼女に付いていく。 ゲームセンターではしゃぐ子供の集団やフードコートでの家族連れの人混みをくぐり抜け、彼女達は足早に目的の地点へと歩いていく。 そして、まさしくインフォメーションセンターに到達した。 紗夜は、脇に備えられているパンフレット置き場の棚から、一束の畳まれた紙を抜き取る。「このような施設の案内パンフレットには、駅までの道順を示す地図が載っているのが一般的なのですが……あっ、ありました!」 紗夜がどこかしらの施設に訪れる時、真っ先に行うことはその施設のパンフレットを確保することだった。 それは、ショッピングモールに限らず、遊園地や動物園でも同様。 家族で訪れた時、日菜と二人で訪れた時、どんな時でもそれは同じこと。 まず一番に遂行することは、パンフレットを確認してその内容を把握することだった。 そんな彼女だからこそ、知っていた。 このようなパンフレットにおいて、「アクセス」という項目と共に地図を掲載している場合が多いことを。 まさしくそれが載っているパンフレットの最後のページを、千聖に差し出した。 見る人が見れば、今の紗夜が誇らしげな顔をしていることが分かるだろう。 ……しかし、千聖は首を横に振った。 残念ね、といった顔を浮かべながら。「紗夜ちゃん、あのね……このシンプルな地図を見て駅までたどり着ける人は、そもそも方向音痴になっていないわ」 またしても、紗夜は驚かされた。 十数本の直線で構成された抽象的な図は、方向音痴にとっては理解を超えたものなのだ。