その墓が亡くなったセーラ司祭の夫、イリアの父のものであることはすぐにわかった。司祭の祈りを邪魔するつもりはなかったから、俺はすぐに引き返そうとしたのだが――それができなかったのは、一心に祈りを捧げるセーラ司祭の姿があまりに綺麗だったからである。 静謐せいひつで、神聖で、それでいて温かい。一幅いっぷくの絵画のような、といえば大げさに聞こえるだろうが、俺にとって眼前の光景はそういうものだった。 セーラ司祭がどれだけ夫を愛していたのか、今なお愛しているのか、それが千言せんげん万語まんごを費やすよりもはっきりと伝わってくる。 気がつけば、声もなく見入っていた。わずかに遅れて、胸の奥から膨大な感情があふれてくる。 それははじめ、嫉妬しっとだった。死んでから十年以上経っているのに、これほどセーラ司祭に愛されている人物への妬ねたみ。 だが、その感情はすぐに流れ去り、かわって俺を捉えたのは羨望せんぼうだった。こういう夫婦になれたのなら、それはどんなに幸せな人生なのだろう、という気持ち。 子供の頃、許婚いいなずけと共に築こうとしていた理想がここにある。そんな風に思った。 思って、唇を曲げるように苦く笑った。 自分の中にそんな感情が――あるいは感傷が――残っていたのが意外だった。 いや、たしかにセーラ司祭に対しては、情欲とか魂喰いとか、そういった欲求とは異なる思いを抱いていることは自覚していたけれども。 俺がセーラ司祭に抱いている感情は、たぶん、子供の頃にアヤカに向けていた感情と近しいだろう。俺は復讐だ心装だと猛り立つ裏側でこんな光景を望んでいたわけだ。 我が事ながら目を瞠みはる思いだった。人間、自分のことはなかなか分からないものだ――「いや、そうでもないか」 セーラ司祭に聞こえないように小声でつぶやく。 先ほど、俺はセーラ司祭たちの夫婦の絆を羨望せんぼうした。羨望とはつまり、手が届かないものへの憧れである。なんだ、しっかり自分のことを理解してるじゃないか、俺。 意図的に皮肉な笑みを浮かべ、あらためてセーラ司祭を見やる。 あいかわらず、その姿を綺麗だと思った。 この女性を手に入れようと思えば、きっとできるだろう。俺はイリアの命を救ったし、メルテの村にも返し切れないほどの恩を売った。 借りを返せといえばセーラ司祭は逆らえないだろう。恩に報いろと言えば報いてくれるだろう。