「……りく……?」 「……ぁ……」何が起こったのか自分でもよく分からなかった。無我夢中で、気付いたら倒れていて。全身が火傷したように熱い。痛い。息が苦しい。 ここ、どこだっけ? 何をしてたんだっけ? そこら中に悲鳴が響いているのに耳が勝手にたった一つの音を拾い上げる。大好きな人が、オレを呼ぶ声。「りく……? 陸……っ、陸!」 「……ぁ……にぃ……こほっ、ひゅ……っ」 「陸! どうしてこんな……っ」まるで魔法が解けたようだった。今まで物語の中のように薄いヴェールの向こう側で起きていた出来事が突然自分に置き換わり、急速に現実へと連れ戻される。数瞬遅れて、オレは必死に作り上げた張りぼての理想のアイドル“七瀬陸”から本当の七瀬陸に戻ってしまったのだと理解した。「陸、陸……っ」そっと抱き起こされて天にぃの腕の中に包まれるとひどく安心した。久しぶりにたくさん名前を呼んでもらえて嬉しいな。怪我してないかな。せっかくなら笑っていてほしかったけれど、オレにはやっぱり天にぃを苦しめることしか出来ないみたい。でも最後に天にぃの役に立てたなら、今までオレが天にぃの人生を奪ってしまったことの償いになるだろうか。百年生きるより、百年分歌って死にたかった。 一人で待っているよりも、みんなと一緒に走りたかった。 天にぃに、褒めてもらいたかった。だけどさ、ちょっと頑張りすぎちゃった。少しだけ眠りたいな。今ならとってもいい夢を見られる気がするから。「お願い陸……っ、ボクを置いていかないで……!」天にぃが何かを言っているのにもう分からない。雨が降っているのかな、ぽたぽたと顔に雫が落ちてくる。閉じそうになる瞼を必死に持ち上げて、震える声を絞り出した。――てんにぃ……りく、いいこになれた?返事は聞けないまま意識が暗闇に落ちていく。オレ死んじゃうのかな、と思ったけれど不思議と怖くはなかった。ああ。神さま、もし叶うなら。 天にぃのたった一人の特別になれる世界に、いきたいです。