陸の言葉に目を丸くして、動きを止めてしまう天の手から日記を優しく奪い去ると、陸はぱらぱらと日記帳の一番最初のページを開く。天の幼い字で綴られた文章を、陸は目を細めて、苦しげに、されど愛おしげに指でなぞっていく。「……まるで呪いだって、昔は思ってた。この日記の最初の数ページのせいで、オレは天にぃを憎めない。天にぃは確かにオレを愛してくれてたんだって証拠がここにある。憎めなくて、許したくて。苦しかった。天にぃの考えがますます分からなくなって、それでも、……嬉しかった。呪いなんかじゃない。確かな、天にぃの、愛なんだ。天にぃがこの日記を最後に書いた日から、家を出ていくまで、何があったかなんて知らない。分からない。それでも……ここには、天にぃの優しさが、詰まっていて。天にぃへの気持ちに整理がつかなくて、ぐちゃぐちゃになりそうな時、その気持ちをこの日記帳に綴って、それから天にぃの文章を読み返したら……天にぃのこと、何度だって、信じられたんだ」 「陸……」 「嫌いになりたくなかったから。違う人みたいだなんて、七瀬天じゃないなんて思いたくなかった。九条天だろうと、七瀬天だろうと、天にぃは、天にぃで。オレの自慢の、頑張り屋で、優しくて、甘い飴玉のような、天使みたいな、大好きな兄さんなんだって、ずっと信じたかったんだ」陸は天を振り返って、笑いながら語る。その目には薄ら涙の膜が張っていて、今にも泣き出しそうだった。天は胸がきゅうと掴まれる想いだった。こんなに健気な弟を、どうしても、失いたくなかった。自分が大好きな弟を置いて出ていった理由なんて、それ以外に何も無い。自分の夢も、経営者としての両親への失望も、九条鷹匡のことも、何もかも、それに付随した言い訳だ。 陸が大切で、大事で、生きてほしかったんだ。 天は瞼をゆっくりと伏せて、涙を零した。