「菅原」自分にしては優しい類の声で窘めると、聞こえているのに聞こえていないかのように、この子どもは振舞った。仕方がないので手を伸ばす。「お前にゃまだ早い」お前はこっち、と言いながら、子どもの手の中にあった自分の読みかけのコーチングの本を引っこ抜き、プレイヤー向きの実践的なバレーの専門誌を押しつけた。そんなことないです、と聞こえて来たが今度はこちらが聞こえないふりをした。渡した雑誌を開くこともなく、膝を抱えて小さくなっている子どもの隣に寄り添う。腰を下ろして胡坐をかいた。「……確かにお前には、影山みたいな技術も才能もない。日向みたいにハンデになる体格を補って余りあるようなバネもない。お前の身体も、力も、バレーに向いているとは言い難い」そろりと、子どもがこちらを見る。少しだけ伏せるような瞳には、この子どもだけがつくれる静かで悲しげな……けれど哀れを呼ばない色が浮かんでいた。ほんのりと笑みを浮かべているようなそれは、受け容れている者の顔だった。「それでも、」息を、吸う。けして擦れぬように穢れぬように伝わるように。お前に届きさえすれば、消えてしまって構わないから。