カメラの回るレッスンスタジオに入った瞬間。 陸の様子がガラリと変わる。 先ほどまで泣いていたとは全く思わせない、活発な笑顔。元気よく挨拶するその様は『いつもの七瀬陸』だった。 楽と龍之介は、心の中で「さすが」と感嘆するも、違和感が心に芽生える。 ――それは本当に、『いつもの七瀬陸』なのか?「……そうじゃねぇだろ」マイクに拾われることない音は、楽の喉元で消える。 キャラクターを演じず、ありのままの姿をさらしている事が、IDOLiSH7の人気の一つの要因だ。だからこそ、演じている陸の姿に、嫌悪にも似た違和感を抱く。 しかし、TRIGGERとして日々キャラクターを演じる龍之介と楽には、なにも言えなかった。 たとえ企画ものだとしても。 今だけは、陸もTRIGGERの一員なのだから。 カメラが回るなか、雑談しながら入念にストレッチをする。それからダンスの細かい部分を見直し、前回の復習をした。適度に力の抜けるところを探り、抜いたように見えないダンスに切り替える。振付師を交えて、三人は何度も意見を交わした。 やがて、今日の練習も終盤にさしかかる。 「よし、じゃあ最後は歌いながら通しでやるぞ」そうリーダーである楽が指揮をとる。 その声に合わせて、各々のポジションにたった。 曲がかかる。楽曲はLast Dimension。 昭和のダンスナンバーを彷彿とさせるレトロで、しかし現代的なテクノなイントロが流れる。 歌い出しはセンターからだ。息を吸い込み、歌おうとして―― 失敗した。「……っ」 空気は震えない。 出てくる音は息ばかりで――「……七瀬!」 やはりおかしかった。『いつもの七瀬陸』ではなかったのだ。 止まる音楽。 駆け寄る二人。 自身の喉を抑え、呆然と立ち尽くす陸。しかし、周囲の心配げな目を受け、すぐさま笑った。「……あ、あはは! すみません、なんか踊りすぎたら今度は歌詞が飛んじゃいました!」