『隼の剣』を解体する。 今回の一件におけるミロスラフの目的はこの一語に帰結する。 ラーズとイリアを別行動に追い込んだのも計画の一環だった。 ここでいう解体にはミロスラフ自身とラーズとの関係も含まれている。幼馴染である二人の仲を裂いた上で自分はラーズを手に入れる――そんな打算は存在しなかった。 かつて確かに抱いていた恋心は、今ではひどく色あせてしまっている。 底なし沼にひきずりこまれたような一ヶ月。それが憎悪であれ、欲望であれ、あれほどむき出しの感情をぶつけられた経験はかつてなかった。 魂まで嬲なぶられたあの濃密さに比べれば、ラーズから向けられる好意も、ラーズに向けていた恋慕も、綿菓子わたがしのように軽く感じられる。 今のミロスラフの心を占めるのはソラへの恐怖であり、嫌悪であり、後悔であり、反省であり、贖罪しょくざいであり、媚態びたいであり、好意であり、服従である。 それはまさに激情の坩堝るつぼで、氾濫はんらんした河川のようにそれまでミロスラフが抱えていた感情を押し流してしまった。 それこそ五年をかけて築き上げてきた『隼の剣』を解体すると決意できるくらいに、である。 ――ただ、ラーズのことを嫌いになったわけでもなければ、傷つけたいわけでもない。むろん、殺そうなんてかけらも思わない。 むしろ、ミロスラフはラーズを助けるために今回の計画を立てた。 ミロスラフが見るところ、ソラはラーズに対して強い敵意を抱いてはいない。ルナマリアとイリアに対しては明確な指示を出したが、ラーズに関してはそれがなかったのが証拠である。 だが、ルナマリアを奪われたラーズはソラへの敵対をやめないだろう。イリアまでがソラの手に落ちればなおのこと、ソラに対して激しい敵意を燃やすはずだ。 そして、それが続けば、ソラの心にラーズへの敵意が生じるのは火を見るより明らかだった。 そうなる前に、ラーズが抱えるソラへの敵意を消さなければならない。 だが、これは容易なことではなかった。 何故といって、ソラへの敵意を煽ることでラーズの思考を誘導したのは他ならぬミロスラフ自身だからである。 そのミロスラフが一転してソラを擁護すれば、どうしたって不審を抱かれる。 だから、ラーズ自身が持ってきたグリフォン退治の依頼を利用することにした。 汚名返上に固執するラーズの要望に沿って動くことで疑惑を避け、水面下で舞台をととのえていく。 ミロスラフの狙いは単純だった。 ルナマリアを失って以降のラーズは、冒険者としての名声にかげりが生じて焦っている。その焦りは、イリアとの衝突を経へてますます加速していた。 今回のグリフォン退治に無理があることは、誰よりもラーズ自身が承知していることだろう。