いきなり呼吸を阻害されたジャンヌは苦しげに目を閉じる。身体を後ろに引こうとするが、俺が両手で顔を押さえている為、それは出来ない。
ジャンヌは咄嗟に口を閉じてしまったようだ。口腔の中に捻り込んだ舌が固いものに当たる。それは歯だった。
閉ざされた口腔。白い歯は壁のように俺を拒絶している。
「ふ、ぅ……ん」
俺は少しだけ空いた隙間から息を吸い息継ぎをすると、もっと深くジャンヌの口腔に舌を捻り込む。
歯列をなぞり、壁を崩すことを試みる。歯並びの良いジャンヌの歯をまるで歯磨きするようになぞっていく。
「ひゃ、……しゅっ……」
時折、ジャンヌの声がこぼれる。悲鳴か、嬌声か、どちらとも取れる悩ましく艶めいた声。
ジャンヌの手が俺の手を掴んだ。一瞬、引き剥がそうとしているのかと思ったがどうやら違うらしい。彼女は助けを求め縋るように俺の手を掴んでいたのだ。
「……っあ」
口腔の攻略を一度中断し、俺は顔を離した。けれど、頬に添えた手はそのまま。
二人の間に銀の糸が伸びて、落ちていく。
「ぁ……。ま、すた……、はぁ……」
ジャンヌは、呼吸を整えゆっくりと目を開いた。目が合うと、その瞳に“どうして”と言う困惑が浮かんできた。
彼女のその顔は真っ赤で、所在なさげに視線を漂わせている。俺の手を掴む白魚のような指が微かに震えていた。
「マスター……?」
小さく開いた唇。俺の顔の間近で囁かれる言葉は熱どころか甘い毒を孕んでいるかのように感じられる。
「いや?」
俺は小さく問いかける。
「え?」
その問いの意味がわからなかったのか、ジャンヌは小首を傾げる。
「俺とキスするのはいや?」
「はっ……!」
キスと直接的に言ったのが悪かったのか、ジャンヌはすでに真っ赤だった顔を更に真っ赤にする。金髪から微かに覗いていた耳の先まで染まっていた。
「い、い、いぃ、い……!」
ジャンヌは口をパクパクとまるで金魚のように動かすが、全然言葉になっていない。けれど、嬉しいことにジャンヌは小さくだが、首を横に振ってくれていた。そんなジャンヌが可愛くて、俺はその鼻の頭にキスを落とした。
「ひゃっ……」
反射的にジャンヌは身体を離そうと飛び上がるが、コフィンに頭をぶつけてまた俺に身体を預けてきた。
「大丈夫?」
指通りのいい金髪に手を差し込みながら、ぶつけてしまったジャンヌの頭を撫でる。ジャンヌの髪はとても触り心地がよかった。いつまでも触れていたい。
「ま、マスター……! あ、あのッ! わ、わた、わたしはっ! あの、えっと、さ、さきほ、どの……、き、きき、キッ! あ、あわ…」
舌をもつらせながら、ジャンヌは俺を見つめる。本当は落ち着くまでちゃんと待ってあげたいけれど、限界はもうとっくに迎えている。
「落ち着いてくれ、ジャンヌ」
そう言いながら、ジャンヌを抱き寄せてその首筋に唇を寄せる。チュッとくぐもった音を立てて、その白い肌に跡を残す。
「ぁ」
小さく漏れた悲鳴。
ジャンヌは泣き出しそうな顔で黙り込んでしまう。迷子のような震える指先が俺の服を掴んでいる。
無言になったことを幸いと、俺はジャンヌの耳元で囁く。ジャンヌは身体を震わせる。
「俺はジャンヌが好きだよ」
「……ッ」
「だからこそ、ごめん! さっきから、こんな近くにジャンヌがいるから、俺はもう我慢ができないんだ。ジャンヌが欲しくてたまらない」