藍沢直哉は屈んで陸の顔を覗き込みながらそう問うてきた。反応に困る陸を見てニヤリと笑う。「あ、わかった。病気の弟の面倒が嫌になったんだ。お前のことが嫌いでうざったくて、お前の傍に居たくなかった、離れたかった、だから居なくなったんだ。」 違う。そんなことない。と、否定したかった。けれど、否定が出来る程の根拠も自信も陸には無かった。 だってわからない。天が陸のことをどう思っているのかも、家を出た本当の理由も。 だけど、1つだけわかることがある。「…俺には天にぃが出て行った理由はわかりません。天にぃが俺のことをどう思っているのかもわからない。……でもきっと、天にぃが何をしても、俺のことを嫌っていたとしても、俺にとってはたった1人の兄で、大事な家族です。」 天が出て行ってから、どうして、何で、…そんな気持ちでいっぱいだった。悲しくて苦しくて、あんな奴嫌いになってやろうと思った。だけど、どんなに意地を張っても嫌いになんてなれなかった。大好きだった兄のことを嫌いになんてなれるわけなかった。「…なんだ、つまんねーの。違うとかそんなことないとか否定して見せれば面白かったのに。」 もうやめて。そう言って耳を塞いでしまいたかった。 藍沢直哉の冷たい声も、紡ぐ言葉も、痛くて辛くてもう聞いていたくなかった。 何も言わずにじっと耐えていると、どうやら藍沢直哉は興味を失ったようで立ち上がって身を翻す。「確か料理とかするんだったな…。精々ちゃんと守ってやれよ。大事な家族なんだろ…?収録楽しみにしてるぜ。今日はよろしく。」 黙り込んでしまった陸を上から楽しそうに見ながら藍沢直哉はそう口にして収録場所の方へ戻って行く。 1人残された陸は緊張が解け、詰めていた息を吐き出した。 そろそろ時間で、陸も戻らなきゃいけないのに何だか力が入らなかった。藍沢直哉と少し話しただけなのに、心も身体も酷く疲弊してしまっていた。 動悸がして少しだけ息が苦しくて、とりあえず落ち着こうと胸辺りを再度ギュッと強く掴む。 早く戻らないとスタッフや共演者に迷惑を掛けてしまう。天にもまたアイドル失格だと怒られてしまう。…わかっているのに立ち上がることすら出来ない。