家庭教師のアルバイトのない、とある週末の朝。いつもなら机にかじりついて勉強をしている時間だ。なのだが…….「えっと……確かこの辺り…だよな…」俺は今、駅前に来ていた。なぜここにいるのかって?それは…「あ!フータロー!こっちだよ」こいつに…三玖に呼び出されたからだ。事の発端は三日前に遡る。「ねぇフータロー、今週の土曜と日曜って時間ある?」「ん?あぁ、今週は家庭教師がないから空いてるといえば空いてるぞ?」「ふーん…ところでフータロー、この前の五月との入れ替わりの時の貸しを使ってお願いがあるんだけど」「うっ…….ま、まあいいが何をしてほしいんだ?個人授業か?」「違う。というより、それだったらわざわざ貸し使わない」「それもそうか…じゃあいったいなんだ?」「それはね、フータロー…….」「今週末、私とデートして。」そして今に至る。「で?三玖、どこに行くんだ?」「いろいろ考えたんだけど…ここに行きたいなって」そういうと三玖はポケットから一枚のチラシを取り出した。「なになに…『市立文化科学館』?なんでまた」「フータロー、ほらここ」三玖が指差すところをよく見て納得した。『歴史ブース今月の特集:武田信玄の生涯。『風林火山』に込められた意味とは!』バスで30分ほど移動した先にそれはあった。俺にとっては初めての場所だったが、三玖は以前に来たことがあるらしい。目的の特集コーナーに入ると、三玖の目が側から見ても分かるほど輝いた。「フータロー!ほら!川中島の戦いの再現VTRだって!」「お、おう。そんなに来たかったのか三玖…」そういうと、三玖は少し顔を赤くして「だ、だって…….みんなに武将好きだって隠してたから…」「あー…….なるほどな…」「それに…….今日はフータローも一緒だから嬉しくて…….」「お、おぅ…」やめてくれ三玖。不意打ちはやばい。スタッフの人こっち見ながらニヤニヤしてるじゃねぇか。その後は、テンションの上がった三玖に連れられて2時間ほど歴史ブースを周ったり、フードコートで軽めに昼ごはんを食べたり、科学ブースで液体窒素の実演実験を楽しんだりと楽しい時間を過ごした。「すごかったねフータロー…ゴムボールが粉々に…」「確かにな…知識としては知ってたが、実際目の当たりにするとすごかったな…」こんなに貴重な体験を入館料無料でできるとは…今度らいは達も連れてくるか。四葉なんかは実際に体験させた方が頭に入りそうだしな。「ねぇフータロー、最後にあそこ行きたい。」「ん?おぉ、プラネタリウムか。別にいいぞ」「ありがとう、フータロー」さすがにプラネタリウムは別料金だったが、それでも200円ほどだ。「三玖、今日はありがとうな」「!?き、急にどうしたのフータロー?」「あーいや、その、なんだ。今日、三玖と過ごせて楽しかったと思ってな…….」「〜〜〜っ!?ま、まだ時間あるから飲み物買ってくるね!」薄暗くてよく見えなかったが、きっと真っ赤になっているのだろう。しばらくして、三玖は缶を2つ持って戻ってきた。「はい、フータロー。レモネードでも大丈夫?」「あ、ありがとうな三玖。そっちは…って見なくても分かるな。抹茶ソーダだろ?」「当たり」三玖からよく冷えた缶を受け取ると、ゆっくりと飲み始める。柑橘系のさっぱりとした風味が口に広がり、歩きまわった疲れが取れていく。「…….ねぇフータロー、レモネードちょっともらってもいい?」「ん?別にいいぞ?」「ありがと。お礼に抹茶ソーダあげる」「え?いやいや遠慮しとく…」「ダメ。フータローに私の好きな味知ってほしい」「それはお礼とは言わないんじゃないのか…?」「フータロー、ただ渡しても受け取らないでしょ?だから交換。」「…….分かったよ。ひとくちだけな」「大丈夫。フータローも飲めばこれの魅力に気づくはずだから」そういうと三玖は俺と缶を交換した。(うーん……どう考えても抹茶の苦さに炭酸の感覚が合うとは思えないんだが…)しかし了承してしまった以上、飲むしかない。意を決して缶を傾け、ひとくち飲む。ゴクリ「…….ん?」「どう、フータロー?美味しいでしょ?」ニコニコしながら三玖が反応をうかがってくる。「何というか…美味しいは美味しいんだが…抹茶の味もしないし、炭酸の感覚もないというか…」ブーーー「あ、フータロー、始まったよ」「あ、あぁそうだな…」ゆっくりとリクライニングしていく椅子に身を任せ、横になる。(何だったんだ?俺が貧乏舌だからなのか?それに……)(あの味は……どこかで飲んだことがあるような……)不思議な感覚だ。全身がふわふわと浮かんでいるような感覚。小さく音が聞こえる。これは…振動音?小さく声が聞こえる。『……ロー……起きな……強く……』誰だ…?なんて言ったんだ…?ヴィ……ヴィイイイイン!「な…あっ…….あぁあぁっ!?」突然の強い刺激に、脳が強制的に覚醒する。(なんだ!?何が起きた!?何が起こってるんだ!?)まるで見えない手をお腹に入れられ、何かをギュッと握られたような感覚。身体をよじろうとしたが、なぜか手足が動かない。あまりの刺激に脳がスパークして、目の前に星が飛ぶ。「あ、やっと起きた。おはようフータロー」誰かの声が聞こえ、突然刺激が止んだ。強烈な刺激で白く染まっていた視界が、だんだんと戻っていく。「な……ぁ……え…?」そこにいたのは、「お……れ…?」一糸まとわぬ姿になっている、上杉風太郎だった。いや、違う。こいつはさっき俺のことを『フータロー』と呼んだ。それに、この感覚は覚えがある。視界の少し右側を隠す髪。仰向けに寝かされているが形を崩すことなく上下する胸。両腕は細くなり、ベッドの柱に紐で縛られている。そして男の象徴がなくなって、代わりにそこにはピンク色の何かが貼り付けられている。ということは、目の前の俺は……「三玖……なのか?」目の前の俺は、フフッと楽しそうに笑うと。「あたり」いつかと同じセリフを言い放った。「三玖!なんで俺たちは入れ替わってるんだ!ここはどこなんだ!どうしてこんなことをしたんだ!」「フータロー落ち着いて。順番に教えてあげるから」「落ち着いてる場合じゃ…」ヴィイイ!「あああぁっ!?」突然、強烈な快感が全身を貫いた。股間に貼り付けられたものが、男にはない敏感な部分を擦り上げる。(さっきの刺激の正体はこれか…!)見ると、三玖の手にはリモコンが握られている。「フータロー、私の話聞いてくれないならもっと強くするよ。私、そこ敏感だからきついでしょ?」「分かった!聞く!聞くから止めてくれぇぇ!」「ん、了解。」その声と同時に刺激が止む。「……っはぁ、はぁ……お前……自分の身体だろ…」「フータローになら何されてもいいから問題ないの」いや、そういう問題じゃないだろう。と言いかけたがやめた。このままだと話が進まない。「まず、ここはホテルだよ。好きな人どうしがそういうことするための」「薄々感づいてはいたが…そうなのか…」「そう。この前調べてびっくりしちゃった。行きたかった所の近くにこんなところがあるなんて」なんてひどい偶然だ。「次に、なんで入れ替わってるかだけど…フータローも覚えがあるんじゃない?」「なに……?」入れ替わる直前の記憶を辿る。そして思い出した。「あの抹茶ソーダ…なのか?」「正解。家から持ってきた抹茶ソーダの空き缶にあのお茶を入れたの」なるほど…俺に抹茶ソーダを飲ませたがっていたのはそれが理由か……ん?「ちょ、ちょっと待て。俺と五月が入れ替わった時にもう一回飲んでも入れ替わらなかったじゃないか!」「それなんだけど…わかったかもしれないの。あの時入れ替わらなかった理由」「なんだって…!」「私も気づいたのはこの前だけどね」入れ替わらなかった理由だと…….?時間か?それとも量か?まさか温度か?「まぁ、それは今どうでもいいの」「いや、そんなことは…」「最後に、なんでこんなことをしたかだけど、もうなんとなく気づいてるんでしょ?」「……まあこんな状況だからな…9割がたってところだ」頼むから残りの1割の方であってくれ…「じゃ、正解はね……」三玖はまるでいたずらが成功した時のような、金髪時代の俺を思わせる笑顔を浮かべながら、