三人は夜のユミルの街を駆け抜けて、外郭の防壁へと到達した。 この深夜には無論門は閉じられているため、防壁を駆け上がって外に飛び降りた。 天恵武姫のエリスはともかく、流石にラフィニアは付いて来られないので、途中からはイングリスが背負って移動した。「……まだ無事だ――!」 ラーアルだった魔石獣は、多少傷つきよろめいているものの、身を起こしてユミルの外壁に取りつこうと迫っている最中だった。「しぶといよね。あれだけクリスとエリスさんに蹴り飛ばされたのに……」「私じゃない。ほとんどこの子よ。全くとんでもないわ」「わ! 凄いじゃないクリス! 天恵武姫に褒められるなんて」「ふふふっ。それはともかく、魔石獣に普通の攻撃は通じないから――ね」「いや、威力的には全然普通の攻撃じゃなかったけど……あれだけ飛んで行ったし」「うん。でも力の質の問題だから」 やはり魔石獣には通常の攻撃や、吹き飛ばされた落下の衝撃などは効かないのだ。 倒すには魔印武具のような力がいる。 イングリスも霊素の波動を身に纏う霊素殻を使っていたが、あれは防御壁かつ身体能力を引き上げるものであり、敵に対して攻撃的に作用する霊素ではない。 それでも弱い魔石獣ならば倒せもするが、ラーアルが変異した魔石獣は強力だ。 多少のダメージはあったようだが決定打ではない。 もっと強烈に、致命的な一撃を打ち込む必要がある。「エリスさん。あのラーアル殿の魔石獣は虹の王に匹敵しますか?」「……いいえ。あれも強力だとは思うけど、正直全然ね。大人と子供よ」「そうですか。なら、一撃で仕留められるようでないと虹の王には通用しませんね――試してみます。ラニもそこで見ていて」 イングリスは迫る魔石獣の前面に一人で立った。 半身となり、右の掌を敵に向けて突き出す。 その手の先に、渦を巻くように光が現れ収束して行く。 凝縮されて行く霊素は、気流を巻き起こす。 イングリスの長い銀色の髪が大きく揺れた。 眩く輝く青白い光は、見る見るうちに巨大な一つの塊と化していた。 その巨大さは、魔石獣と化したラーアルの巨体をも飲み込まんばかりである。 生後間もない赤子の時代から使う事の出来た、霊素弾だ。 が、ここまで12年、修練に修練を重ねて来た。 今の威力は、無論あの時とは比べ物にならない。 ――自分の成長を自分で確かめるいい機会だ!「イングリィィィスゥゥッ!」 イングリスの姿を認めると、ラーアルの魔石獣はいきり立って向かってくる。「ラーアル殿――さようなら……!」 イングリスが霊素弾を放つ。 スゴゴゴオオオォォォォォーーーーッ! かつてとは比較にならない大光弾が、地面を抉り深い轍を残しながら疾走する。 それは、魔石獣と化したラーアルの身を完全に飲み込んだ。 そして、あっという間に真っ白い灰のように消滅させてしまう。 強力な魔石獣と化したラーアル。その存在をも全く歯牙にもかけない威力である。 そしてそのまま―― 何事も無かったかのように地面を抉りながら進み、彼方へと消えて行った。「す、すごい……!」「さすがクリスね! いいぞーっ!」 エリスは唖然と呟き、ラフィニアは喜んで飛び跳ねていた。「ふう――さすがにちょっと疲れたかな……」 流石に霊素を使い過ぎたか。激しい疲労感がイングリスを包んでいた。 ふらついて、その場にぺたんと尻もちをつく。 まだまだ修行が足りない。体はまだ成長過程とは言え、持久力不足である。「クリス!」「大丈夫?」 ラフィニアとエリスが駆け寄って来る。「ラニ……ラニが言ってた事、当たってたね?」 と、イングリスはラフィニアに微笑んで見せる。「ん? 何のこと?」「天上領に願いごとをしたら叶うって――今日の戦いは、結構手応えがあったよ。いろんな人と戦えたしね?」「もう、そればっかりなんだから。クリスの願いごとが叶ったら大変な事になるから、叶って欲しくなかったのになぁ……」「ははっ。願いごとは公平なんだよ。でも、大変な事になったのは確かだね……そこはちょっと頭が痛い――」「まあ、あなたがいなければもっと事態は深刻だったかも知れないわ。私が血鉄鎖旅団に捕まって、街ではあの魔石獣が暴れて止める事も出来ず――という具合にね。まだ最悪じゃないという事よ」 と、エリスが二人を諭すように言う。「そう言ってもらえると助かります」「王都に帰還したら、この事は全て血鉄鎖旅団に寝返ったレオンの仕業と報告するわ。ラファエルとも協力して、あなた達が咎められることの無いように立ち回ってみるから、一応安心して。絶対とは言い切れないけれど」「お願いします! それから、わたしの事は伏せておいて頂けると――今回のこれも、エリスさんが撃退したという事で……」「まぁ、あなたがそうして欲しいならそうしてあげるわ。だけど貸し一つよ? いつか返しに来て頂戴」 エリスは少しだけ微笑みながら、イングリスに手を差し伸べる。「はい。分かりました」 その手を借りながら、イングリスは立ち上がった。 丁度様子を見に、ビルフォード侯爵や配下の騎士達が遠くから走って来るのが見えた。 ◆◇◆ 翌日の朝早く、レオンの捜索はユミル側に任せ、エリスは王都へ帰還して行った。 見送りに出たイングリスは、一つ気になっていたことを尋ねる事にした。「あの、エリスさん――一つ聞いても?」 最後に二人だけになり、馬上のエリスにそう切り出した。「何かしら?」「夜会の時、わたし達を紹介されて怒っていましたけれど……何故だったんですか?」 こうして手合わせや共闘を経て話してみると、あの時のエリスの様子は普段のエリスとは明らかに違うように思う。 彼女はそこまで感情の起伏が激しい性格ではない。 どちらかと言うと、理性的で落ち着いている方だと感じる。「……ごめんなさい、いつか分かる事かも知れないけれど……言いたくないの。できれば知られたくないから――」「そうですか。済みません、立ち入った事をうかがってしまって」「ええ。じゃあ行くわ――あなた、虹の王を自分の力で倒したいって言っていたわね? 頑張ってね、応援しているから」「はい、ありがとうございます」「じゃあ、またね」「はい、またいずれ」 イングリスの笑顔に見送られ、エリスの姿は城塞都市ユミルから遠ざかって行った。