抱き包むように千聖を庇えば、落下してきた本が勢いよく手の甲に当たってしまい血が滲む。ピリッとした痛みに片目を反射的に瞑れば、千聖は分かりやすい表情をしながら紗夜の手を慌てて取った。「……大丈夫でしたか?」「……ええ、お陰様で。紗夜ちゃんの手が痛そうだわ」「問題ありません。あとで消毒をしに保健室へ行きますから、心配しないで下さい」 千聖には、もっと頼ってほしいと紗夜は考える。不安げなその顔をすうっと覗き込めば、千聖は明らかに動揺しながら紗夜を見つめ返した。透きとおる程に綺麗なアメジストを誰かの手によって壊されないように、壊さないように……――慎重に触れてみたくなるこの感覚はなんなのかしら。「……紗夜ちゃんは、」「はい?」「例えば……、計算外のことが立て続けに起きた時にどう対処すればいいと思う?」 ぐらぐら、ぐらぐら、不安定に揺れるアメジスト。 それが酷く苦手だと感じる。質問の意味が分からずにじっと黙っていれば、上手く聴き取れない声量でぽつりと何かを呟いた。もう一度お願いしますと紗夜が言うよりも早く、千聖は微かに息を吸ってから、すっと表情を切り替える。 その異様な雰囲気に、こくりと自身の、喉が鳴った。『余計なことはしないで』 きっと聞き間違えでなければ、千聖は紗夜にそう言った筈だ。誰かに頼るつもりが、少なくとも紗夜には頼るつもりはないと、確かに牽制をされたのだ。「……白鷺さん」「なにかしら?」 頼るつもりがないのなら、こちら側から手を差し出し続ければいいだけの話だ。 ただ、千聖はそれをされ続けたらもっと距離を置くようになるのだろうけれど。 紗夜は千聖の手をやんわりと押し退けて、彼女の頰に付いた埃をそっと拭ってあげようと手を伸ばす。ただ、それだけのつもりだったのに、彼女は怯えた様子で肩をびくりと跳ね上げて、僅かに後ろへと退がってしまった。伸ばしたままの手は、行方を彷徨い、静かに下ろすしかなかった。「…………っ、」「後片付けは私がしておきます」「…………お礼はあとで必ずするわ」「構いません」「…………必ず、するから」「っ、白鷺さん、あなた……っ」 そう言い残して走り去ってゆく千聖に、紗夜は深く溜め息を吐いた。じりじりと、ゆっくり焦がしてゆく胸の痛み。彼女が抱えているものを紗夜には見せるつもりがないと告げられた、明確な拒絶。 それなのに……――粉々に砕け散ったアメジストを自分に向けた意味はなんなのか。 その理由をいくら考えても、紗夜にはまだ分からなかった。