レイシフト先で見つけた廃屋は、それでも雨風をしのぐには遜色なかった。かつては木こりか猟師か、とにかくこの深い森で生計を立てた者が暮らしていたのだろう。すっかりほこりをかぶった調度品は最低限で、質素な暮らしが垣間見えるようだった。 奥に一部屋だけある寝室は、先の戦闘でけがを負った立香が使うことになった。カルデアから持ち込めた物資は最低限、おまけに治癒の魔術や技能を身につけたサーヴァントは同行しておらず、けがを完全に治してやることは叶わなかった。帰還を提案する声がなかったわけではないが、ひとまず任務遂行を優先することとなり、立香は応急処置を施されて一晩の休養を取ることになった。 簡単な夕食をすませると、立香は早速寝室へ引っ込んでしまった。利き手をやられて慣れぬ様子でスプーンを持つ姿はいかにも痛々しく、部屋へ消えていく背中もどこか頼りなくふらついているように見えた。 痛み止めの薬を渡し忘れたと言ってマシュが戸を叩いて以来、立香のいる寝室に立ち入る者はなかった。こういうときは眠ってしまうのが一番の回復法だと皆承知しているからだ。広間で思い思いに過ごすサーヴァントたちは、立香を気遣ってかいつにも増して口数が少なかった。 そろそろ灯りを落とそうかとなったところで、念のため包帯を替えておいたほうがいいとカルデアから助言があった。その声にマシュが立ち上がったところを、信長が制す。 「わしが行こう」 マシュは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐぽっと頬を染めて「気を使えずにすみません」としりすぼみにつぶやいた。 信長と立香の仲はずいぶん前から皆の知るところとなっている。今さらそんな反応をされるのもかえって気恥ずかしくて、信長は道具袋を渡されるなり踵を返し寝室の戸を叩いた。 「立香、入るぞ」 返事を待たずに戸を開ける。夜闇の中、差し込む月明かりで寝室は案外明るかった。そのせいだろうか。戸を閉めた信長が立香に視線を向けると、すぐに薄汚れた布団の中から意識がはっきりした眼差しが返ってきた。 「なんじゃ、寝とらんかったか」 「目は閉じていたんだけれど。あんまり眠くならなくて」 部屋の明るさのせいだけでなく、きっとけがが痛むのだろう。平気な顔を装ってはいるが、月の光が照らす頬は疲労の色を隠しきれずにいた。 「起きていたなら聞こえたじゃろう。包帯を替えるんじゃそうじゃ」 「ノッブが替えてくれるの?」 「──まあ、そうなるのう。片腕では無理じゃろ」 「そうじゃなくて。──はじめの手当ては、マシュがしてくれたから」 嬉しい。