そしてしばらくしてから園に来たのは、陸だった。退院したから来たんだろうが、陸はまだまだ体中にいっぱい怪我をしていた。環が見ていると、陸はいつもにこにこしていた。 ──でも、からっぽだった。 何故かわからないが、幼い環には、そう、はっきりとわかった。乱暴しないし、下のやつらにも優しかったけど、陸はからっぽで、なにを考えてるかわからなかった。ある日。陸が発作みたいな様子で息が苦しそうな場面に出くわしたことがある。 周りには誰もいない。慌てて大人を呼ぼうとしたら、陸にやめろと言われた。このまま死にたい、って。 陸は息も絶え絶えに、はっきりと言った。はじめて、本心を見せてくれた気がした。 それが死にたいってことが、環には悲しかった。だから助けた。入院して、帰ってきたら仲良くなろうって思っていた。けれど陸は結局病院の近くの別の施設にそのまま移動したみたいで、そのあとは、会えなかった。「そんな……」 環の回想に、天は顔を白くして、肩を震わせて目を覆った。 環も、悔しくて、体が震えそうだった。 「りっくん、あのときのまま。自分守るための笑顔で壁つくって……それで、きっと、今も死にたがってる、そんな気がする。でも…そんなの、嫌だ。今度こそ、仲良くなりたい…」「陸……そんなことが…」 天の瞳から、涙が溢れた。 ずっとずっと、会いたかった。そのためにアイドルになった。 会えたらきっと、幸せになれると信じていた。会えさえすれば、そこでハッピーエンドに繋がると、信じていたのに。 どうしていたか、ずっと気になってたけど、まさかそんなに酷い目に遭っていたなんて…… 陸のことを想うと、天は胸が張り裂けそうだった。 のうのうと何も知らずに生きていた自分が、情けなくて、苦しくて、悔しかった。「そんな事情が……なんとか力になれないかな?」 「ほっておけないだろ……」 龍之介と楽が、天の背を支えながら目を合わせている。 大和は、陸の消えた道の先に視線を向けた。 「……確かに、あの才能を潰したくないしな」 「ああ……僕も、そう思うよ」 音晴も大和の視線を辿るように、冷たい風の吹き抜ける道を見つめていた。「はぁっ、はっ…」 まるで隠れるみたいにして、街の隙間の汚れたコンクリートの壁に背中を押し付けて、陸は荒く上下する胸をなんとかおさえていた。ぼんやりと、空を見上げる。 公園ではあんなに広かった空は、ここではビルに阻まれてほとんど見ることができなかった。 見上げた頬に、涙が伝ってくる。ほんの一瞬…目が合っただけだったのに、兄は自分のことをすぐに気付いてくれた。すがり付くような目を陸に向けて、求めるように陸へと差し出された、天の手。ほんの数秒の邂逅を、何度もなんども思い返して、陸は震えるくらいに嬉しかった。──けれど、それなのに。逃げてしまった。大好きな兄からあんな風に、逃げ出してしまった。ぽろぽろと涙が落ちて、足元の汚れたアスファルトを染めていく。怖かった。会いたかったけど、会えない。もしも、あの時天と別れたままの陸でいられたなら…きっと天に抱き付いて、もう離れないと泣きながら叫んでいたかもしれない。 けれど、もうあの時とは、何もかもが変わってしまった。自分があまりにも変わってしまって惨めだし、こんな風に思ってしまう自分のことが恥ずかしかった。あんなに輝く兄に… 努力して登り詰めたであろう、まばゆいステージで踊る天は、本物の星のように輝いている。 そんな兄に対して、自分はどうだ。 …きっと自分の存在は、兄を困らせる時が来る。 高みにのぼりつめる兄の足を引っ張る瞬間が、きっと訪れる。 …自分と言う存在は、汚点だと思った。あの時離れた陸と天の道は、きっともう決定的に違うものとなって、交わることがないように思えた。疫病神と向けられた言葉が、まるで呪いのように陸の頭から離れないでいる。これ以上天から、何も奪いたくない。天にとって疫病神になってしまうことだけが、陸は心の底から、怖かった。