もうやめろ。 もういいだろ。 もう十分だろ。 そんな言葉をかけ、ゲオルを止める善人も世の中にはいるかもしれない。相手は女なのだからと言って、邪魔をする者もいるかもしれない。そもそも、彼女は既に十分な罰を受けたのだから、これ異常は必要ないと口にする連中もいるかもしれない。 もしも、そんな者達がいたとして、そしてゲオルの前に立ちはだかったとするのなら、恐らく今のゲオルなら彼らごとなぎ払うだろう。 そして、幸か不幸か、ここにはそんな偽善者は存在しなかった。「あ、あぁ……消える、消えていく……私と、あの人の記憶が……あの人との思い出が、あ、あぁ……!!」 既に『お兄様』ではなく、『あの人』となっていることから、ゲオルは既に記憶の消去は最終段階に入っているのだと理解する。 エリザベートにとって、フーケは何よりも大切な存在。その彼の記憶が欠落しているのだから、他の記憶などもうほとんど残っていないだろう。先程から、まとも立つことすらできていない。それだけではなく、腕すらだらんと下ろしているだけで、全く動いていない。恐らく、身体の動きさえ、忘れかけているのだろう。 だが、逆に言えば、身体の動きという無意識下の点よりも、彼女にとってフーケとの記憶は大きく、そして重要なのだと再認識させられる。「……そんな様になりながら、未だ完全に奴のことを忘れないとはな」 ここまで来ると、呆れを通り越して、ある種の感心さえ覚えてしまう。 しかし、それももう残りわずかだ。「やめて、やめてよ……お願いだから……」「知らん。今更泣き事など聞く耳持たん」 エリザベートの懇願を、ゲオルは一蹴する。「貴様は今まで何をしてきた? あの二人に何をしてきた? すでに忘れたか? だが、貴様が忘れたところで、貴様の所業が無くなるわけではない」 何百、何千、何万という命を殺し、弄び、そして奪った女の言葉などもはや耳に入れるだけでも度し難い。ましてやその願いなど叶えるわけがなかった。 ゲオルが憤るのは、フーケやフィリアに対してだけではない。自分の魔力を増やすため、魔物の餌にするためとかき集め、殺した人間達。彼らが死んでしまったのは、ゲオルがかつて、彼女を完全に滅していなかったからであり、責任の一端はあると言えるだろう。 彼らにも守りたいものがあったかもしれない。大切にしていたものがあったかもしれない。それを、たった一人の女の我儘のせいで、全て台無しにされたのだ。 その清算を行う。 それが、ゲオルができる、顔も名前も知らない彼らへの責務だった。「自分の大事な物をもう一度失う……それが、ワレが与える、貴様への罰だ」 数多の罪を重ねたエリザベート。その罪が、ゲオルが殺すことで償われるわけではない。だがしかし、それでも彼女は罰を受けなければならない。 そして、その罰こそが、彼女にとっては効果覿面だった。