よろよろと重たそうな教材を運ぶ後ろ姿を見た紗夜は、その人物を放っておけず溜め息を吐いた。誰かに頼ればいいのに、上手な生き方を知り尽くしていそうな素振りを見せながら、その実どこまでも不器用だと知ったのはつい最近のことだ。「持ちますよ、白鷺さん」「さ、紗夜ちゃん。……ありがとう」 日菜が勝手に連絡先を教えたと言った時は一体彼女と何を話せばいいのかと困惑したけれど、自分よりも千聖の方が緊張しているのをどことなく察知できたからかもしれない。なんとなく、その姿を見ていたらふっと肩の力が自然と抜けてしまった。 微かに揺れるアメジストの瞳、その奥にはいくつもの思考を巡らせて、物事を瞬時に判断できるよう気を張っているのだと紗夜は思う。……家でも長女だから、偶に気が抜けないとも言っていたわね。私と日菜のように拗れている訳ではないみたいだけれど、白鷺さんが肩を抜ける場所ってあるのかしら?「……ゃん、紗夜ちゃん?」「えっと、すみません。ぼーっとしていました」「いえ、いいのよ。荷物を運んでくれてありがとう。教室はここだから、あとは自分でやるわ」「構いません。置く場所はどこですか?」 きっと彼女なら、自分よりも上手く立ち回ることができるのを理解している。演技という点では、幼い頃から培ってきたステータスが一般の人よりも遥かに上なのだから。 だけど、残念ながら今の千聖の返事に対して、柄にもなくほんの少しの焦立ちを紗夜は感じてしまった。「いえ、大丈夫よ。あとはこの荷物をあそこに……」「届きますか? 白鷺さん」「……………………」「手伝いますよ、私なら届きますから」 千聖の返事を待たないままにひょいと荷物を持ち上げて、先ずは自分が抱えていた物を棚に上げる。随分と部屋が埃っぽく、ぐっと荷物を押した瞬間に細かな塵が空を舞った。こほっと小さく咳をすれば、後ろから面白くなさそうにそれを見ていた千聖から、とんと物を押しつけられる。腰付近へぐりぐりと押しつけられる感覚に、思わず笑みが溢れてしまった。「……紗夜ちゃんって、こんなに意地悪な人だったかしら?」「白鷺さんは、可愛らしい人だと思いますよ」「……言わないで。からかわれるのは好きじゃないわ」「素直に“心配だ”と言った方がいいですか?」「……それ、」「どれですか?」 それよ、と言いながら千聖に荷物を手渡されて、首を傾げながらも紗夜はもう一つを別の棚に上げる。生憎と、単純な言葉で理解できる程に紗夜と千聖はまだ仲良くなってはいない。「意外と人を見てるのね」「それは、」「褒め言葉よ」「そうは思えませんが。……白鷺さん、」「なにかしら?」「もっと人を頼っても、大丈夫だと思いますよ。松原さんやパスパレの皆さんは勿論ですが、他にも」「…………紗夜ちゃんとか?」「例外では、ありませんね」「そこは素直じゃないのね」 くすりと笑いながら、千聖は近くの棚を指でつうっとなぞった。指に付着した汚れが酷いらしい、眉間にきゅっと皺を寄せながらハンカチで指を拭いていた。 ぐるりと辺りを見渡せば、教師が教材を取りに来るくらいしか用がないのだろうか。全体的に埃っぽい空気が漂い、荷物も乱雑に置かれている。これはあとで掃除をしに来た方がいいと、紗夜がぼんやり考えていた瞬間だった。