手を挙げて教師に不調を訴え、保健室に行けばいい。あんなに苦しそうなのに、なぜ耐えているのだろう。 陸の手からシャープペンシルが落ちる。ぎゅっと服の胸元を握りしめ、机に突っ伏すのを見た時、紡は立ち上がっていた。 「すみません!陸さんが具合が悪いようなので、保健室に行かせてください!」 「え……、つむぎちゃ、」 戸惑う陸の腕をつかみ席を立たせ、引っ張って有無を言わせず教室から連れ出す。クラスメイトたちは目を丸くしていたが、そんなことはどうでもよかった。 「まって、つむぎちゃん……、はーっ」 大人しく腕を引かれていた陸だったが、廊下で二人きりになると足を止めて抵抗した。はあはあと口で呼吸しながら、説明を求めるように紡を見る。紡は振り向いてきっと陸を睨んだ。 「どうして、具合が悪いって言わないんですか!?」 「……え?」 「発作を起こしかけてるんでしょう!?どうして助けてって言わないんですか……」 陸が怖いと思った。今だって立っているのがやっとの様子なのに、怒る紡を不思議そうに見ている。 「保健室に行きましょう。行かないなら天さんを呼びます」 「だめ……!っ、げほっ」 「陸さん!」 声を上げると同時に咳きこむ陸の背中を擦る。 少し落ち着くのを待って保健室まで連れて行くと、養護教諭は慣れた様子で対応してくれた。去年は保健室登校が多かったというだけあって、陸のことをよく知っているようだ。テキパキと薬を飲ませ、ベッドに寝かせてくれる。 そうこうするうちに休み時間になっていた。 紡が椅子を出して隣に座ると、陸が申し訳なさそうに見上げてくる。 「ごめんね?紡ちゃんまで授業抜けさせちゃって……」 「怒ってるのはそこじゃありません!」 紡の剣幕に、陸がびくりとする。 「どうして、我慢するんですか!?こんなになるまで……」 陸が大きな目をぱちくりさせる。 「なんでって……今回はそんなにひどくなかったし、少しすれば治まるよ?」 「でも、苦しそうでした」 「う、うん……でも慣れてるから……」 埒があかない会話に頭を抱えそうになった時、凛とした声がした。 「失礼します」 保健室に入ってきたのは天だった。隣のクラスとはいえ、陸と紡がいないのに気づくのが早すぎる。 「陸」 ベッドに近づいてきた天は赤い髪に指をくぐらせると、陸の顔色と呼吸を観察した。 「誰かに迎えに来てもらった方が良さそうだね」 「え、オレ一人で帰れるよ」 陸の言葉を無視して、天がスマホを取り出す。 「今日来られるのは、楽か龍かな」 ラビチャを終えると天は紡に目配せした。 「紡、ちょっと」 廊下に出て陸に聞かれないように扉を閉める。 「陸の不調、気づいてくれて助かった」 天は礼を言ったが、紡はやりきれない思いで首を振った。 「どうして?どうして陸さん、あんなに……」 「普通に登校できるようになって、嬉しかったんだろうね。大丈夫だと思いたかったのかもしれない」 「けど!」 「それと」 天が瞳を翳らせる。 「あの子、苦しいのが当たり前になって、どこからが我慢しない方がいい苦しさなのか、わからないみたいなんだよね。まあ、あの天然ボケのせいもあるだろうけど」 その時、廊下の向こうから男子生徒が走ってくるのが見えた。 「天兄さん!」 一織が息を切らせて天を呼ぶ。 「陸兄さんは?」 「早退させる。今龍が来るって」 「そう、ですか」 一織が目を伏せる。紡ももう、二人の心配が過剰だとは思わなかった。 (あんなに重いなんて、思ってなかった) チャイムが鳴る。三人は後ろ髪を引かれながらも教室に戻っていった。