それでも、あの子を傷つけた事には変わりない。本当は、初めから気付いていた。髪を切ったのにも、雰囲気も変わった事も。ボクは何がしたいのだろう。守りたいと思いながら結局は一番大切なあの子を傷つけている。守りたいなんて建前だ。あの子の為という大義名分を掲げ、自分の醜い部分を当てつけただけ。ボクは、小さな嫉妬をした。あの、ロックバンドのボーカルと抱き合い微笑み合うあの子を見た時、身が焼かれるような思いがした。ふと視界にあの子が入る。あのロックバンドのボーカルと共に座って仲良く楽しげに談笑しているようだった。何故だろう。何故、こんなにも上手くいかないのだろう。あの子の側に居る権利を得ながら突き放す事しか出来ないボクに比べ、彼は当然のようにあの子の隣に居る。その姿を見せつけられ胸が苦しくなる。ボクは、グラスを握る手に力を込めた。「お待たせ。九条くんごめんなさい」すると、化粧直しが終わったのかにこやかに席に座る。ボクは、笑った。いえ、そんな事ありません、と言って当たりさわりない言葉を吐き、真っ白な仮面を貼り付ける。先程より、香るようになった薔薇の香りはボクの鼻孔をくすぐる。ボクの視界にはもうあの子は映らなくなった。頭の中が、ふわふわする。「大丈夫?七瀬さん?」「…大丈夫れす」うまく舌が回らない。こんなに飲んだのは、久しぶりだ。頭の中は、ふわふわして身体が熱い。完全に飲み過ぎた。「休憩室に行こう。そこなら少し休めると思うよ。ここは騒がしいからよく眠れないだろう」「はい……」