陸の話によると母さんは父さんがいなくなって不安定な時期もあったけど 引っ越してからは穏やかだったと。でも陸に手を挙げたこと、 言ってはいけないことを言ってしまったことへの罪悪感は拭えず、 時々思い出し方のような素振りを見せ、辛そうにしていることも多かったという。 もし僕が母さんの立場だったなら。 どうしてこんなことになってしまったのかと根本を辿って 一つの答えにたどり着いたと思う。 全ての発端は僕がいなくなってからだったと。 どんなに苦しくてもどんなに先が絶望的な状況だったとしても 手放してはいけなかったものを手放した結末が一家離散だったと。 そう思ったなら。 そしてTVや雑誌、街頭のポスターに映る僕を見て まだ諦めてはいけないと思ったとしたら。 僕を取り戻したいと願ったはず。 アイドルになってから僕は多くの役を演じる機会に恵まれて 自分が演じる人物の表現を確実にするために 幾度となく演じる人物の生き様、背景、性格、特徴などを自分なりに 分析して役に投影してきた。 そして役作りの参考に心理学や精神分析、プロファイリングといった系統の文献にも目を通すようになり、 素人知識ではあるけど、様々な人物の思考を読み、行動心理を辿ることは 普通の人よりは長けている自信があった。 ましてや自分の母親のこと。 ある程度の確信はあった。 さっきの僕の問いから暫くの沈黙。 九条さんが何かを言おうと口を開く、その動きが やけにゆっくりと見えた。ついに・・・真実を・・・僕は知ることになるのか。緊張で喉が渇いて張り付く。そしてまだ真実を知るのが怖いと思う心が 自分の中にあることを手のひらの汗を感じながら思った。 「ははは、流石だよ天。本当に素晴らしい。 そうだよ、その通り。君の母親は私に突然連絡をしてきた。 天を返して下さいとね・・・。私はそれは出来ない相談だ。 借金の代わりに天を差し出したのはあなたなのだからと一蹴してやった。 でも一目でいいから天に会わせてほしいとしつこく連絡をとってきたよ。 挙句の果てには天の素性をマスコミに話すとまで言ってきてね、 流石に鬼気迫るもを感じてさすがの私も手を打たなくてはと 帰国して早々君の母親に会った。私も最初は彼女を説得しようと努力したんだ。 でも君の母親は一歩も譲らなかった。最後は半狂乱になって泣き叫んできた。 これはもうダメだと思ったよ。本当に天の事をマスコミに言いかねないと。だから私は一言言ったんだ・・・」九条さんが言葉を切った瞬間僕はこの後に来るであろう言葉を察した。 聞きたいと願ってたのに、聞きたくないと願う矛盾。容赦なく真実の足音が聞こえてきた。「いいでしょう。実は・・・この通りの向こうに天を待たせてあります。 おや、もうこんな時間だったのですね。そろそろ次の仕事の時間だ。 もしかしたら先に向かってしまっているかもしれないですね。と・・・。」 不敵な笑みを浮かべたまま九条さんの口から淡々と告げられていく事実に血の気が引いていく。 この先を僕は聞こうとしてここに来たというのに。 自分の弱さに反吐が出そうになった。 「まさか・・・」 戦慄く唇、震える拳、そんな僕の様子に九条さんは口元の笑みを深くする。 「そう、そのまさかだよ。 私の言葉を信じた彼女は一目散に私が指した方向へと駆けだしていった。 車が迫っていたことなんて知らずにね。 全ては一瞬だったよ。 気付けば君の母親は車の下だった。目も当てられない、酷い有様だったよ。 もし彼女に今の君のように少しでも私を疑い、少しでも最悪の可能性を考えることが出来たなら、 私が天を連れてくるはずなんてないと分かっただろうに。そもそも私を揺すろうなんて浅はかなことをした君の母親が悪いんだよ。 その報いということだ。何もしなければ陸くんと穏やかに暮らせたというのに、 なんて愚か。なんて浅はかな女なんだ。そう思わないかい?天。 君の質問に対する答えはNOだ。私は直接手を下してはいない。 君の母親が勝手に私を信じて、勝手に飛び出して、勝手に死んだ。ほら、事故だろう?」