来てしまった・・・・。 とうとうこの時が。 「・・はぁ・・・はぁ・・・。」 色々会ったらまず何を話そうとか、どう切り出そうとか 考えながら走ってきたらあっという間に病室の前についてしまった。 面会時間なんてとうに過ぎてるけどライブ後だったせいか病院内の人影はまばらだ。誰にも気づかれず、呼び止められもせず、拍子抜けするくらい何の問題もなくすっと入り込めてしまった。 病室の場所はあらかじめ聞いてたから案内を見て目的地を目指す。病院特有のこの臭いや雰囲気。昔は毎日みたいに通っていたから慣れてしまっていたけど、 久しぶりに来てみるとやはりここは普段とは違う異質な空間だなと思ってしまう。日常から切り離されたような、外の世界とは違う時間が流れているような不思議な感覚がする。毎日ここで過ごしていたらどういう気分になるのかは想像に難くない。ここから早く連れ出してあげたい。 病院にくる度に思うことは変わらなかった。やはり病院は苦手だ。そんなことを思いつつ 呼吸器・・・呼吸器内科・・・と探していたら 目的地である陸の病室の前までとうとう来てしまった。 『七瀬陸』 病室のドア脇にある名前を確認して、軽く深呼吸。 もう休んでいるかもしれないと 控えめにノックをしてそっとドアを開けた。 ドアの向こう、そこには枕元の電気だけつけて窓の外を見つめる陸の姿があった。 物憂げな表情がどこか大人っぽくそれでいてパジャマ越しでも目に付く線の細さからは儚さが滲み出ていた。 昔から喜怒哀楽がハッキリしていて 表情が本当に面白いくらいころころ変わる子だった。沢山の表情を一番身近で見てたけどこの陸は知らない。 僕が知らない陸の表情。 それを見て僕が真っ先に感じたのは哀しさだった。 何事もなければ僕たちはあのままずっと一緒に過ごせた互いの成長ぶりや日々の出来事を誰よりも近い場所で何一つ見逃すこともなかった。 当たり前なことを出来なくしたのは他でもない僕なのだと僕の知らない陸の表情は現実を容赦なく突きつけてきた。 後ろめたさが躊躇させ、声をかけられずにいたら 僕の気配に気づいたのかゆっくりと陸がこちらに振り返った。 「陸・・・・泣いてるの・・・・?」 よく見ると陸の朱色の瞳は濡れていた。 泣いているのか、泣いていたのか。まだどこか痛いのか、苦しいのかと不安になってベッド脇へと歩み寄り、 その顔が良く見えるようにと膝立ちになって目線を合わせる。 「天にぃ・・・?どうして・・・?」 目の前に僕がいることをまだ信じられずにいるのか 戸惑いながらもこちらに手を伸ばしてくる陸の手をそっと取った。 「陸に会いたかったから。陸のこと探してたんだ、そしてやっと見つけた。 遅くなってごめんね・・・。無事で本当によかった・・・。もうどこも痛くない?苦しくない?」 陸の手に僕の存在を感じられるようそっと頬を寄せる。その感触にやっと安心できたようだったけど まだその瞳は不安げにこちらを見つめている。 「そっか・・・やっぱりあの時助けてくれたの天にぃだったんだね。 意識がもうろうとしてたから幻だったんじゃないかって思ってた・・・。 俺も天にぃにずっと会いたかったよっ・・・・・でも・・・・。」 「でも・・・?」 物言いたげな目で見つめる瞳はどこか不安げに揺れ、 何度か口を開きかけては閉じる陸。 そんな陸の心の準備が整うまで僕は辛抱強く待った。何度か逡巡してやっと陸はずっと躊躇っていた言葉を口にした。 「でも・・・・迷惑だったらいいんだ。俺、今までもなんとかやってこれたし。天にぃにも新しい家族・・・妹さん・・・かな?いるんだし。俺のことは気にしなくていいからさ・・・。母さんと暮らしてた頃は結構丈夫になってたんだけど、 またこんな病院通いな毎日になっちゃってきっと迷惑かけちゃうし。 本当、たまに会いに来てくれたら俺はそれだけで大丈夫・・だから。」 そういって陸は僕に微笑んだ。 嘘だ・・・・・・。