それをビルカインが確信したのは、つい先日のあの事件。密偵と思しき者が孤児院に侵入し、何もせず退散した事と、不良衛兵アッガーが手配された事を知ったからだ。(細かい事情は分からないが、こんな奇妙な事が起きた理由はヴァンダルーが何かしたからだ。そのアッガーという衛兵から、自分達の手を汚して孤児院を守ったに違いない) そう、アイザック・モークシー伯爵と同じ理論で推測して作戦を実行に移したのだ。「彼女達の命が惜しいなら、何て脅迫はしないよ。確かに君と私は敵同士だった。だが、ここ数年アルダ達が今までにない程活発に動いている事は事実だ。それについては、君の方が詳しいだろう? 当然だがアルダとその信者達は我々にとっても敵だ。今の情勢では、お互い潰し合う事は避けるべきではないかな? 手を組む事は出来なくても、不干渉……不可侵の約束を取り交わす事が理性的だ。そう思うだろう?」そう尤もらしく語るビルカインを、ヴァンダルーはただ静かに観察していた。そして傍らのマッシュとセリスを調べつづけながら、幾つかの仮説を検証していく。【超速思考】と【群体思考】スキルを持つ彼には、ビルカインのおしゃべりは十分すぎる時間だ。「その誠意の印に、私は彼女達を君に提供しよう。洗脳についても、君の望む通りにしようじゃないか。記憶を取り戻させても良いし、私に飼われていた事を忘れさせても構わない。何なら、君の虜に変えても良い。 どうだね? さあ、望みを言って――」「断る」 ヴァンダルーは、ビルカインの誘いを切り捨てた。何故なら、彼の交渉に見せかけた脅迫には、一考の価値もないからだ。 ビルカインの言葉に頷けば、マッシュやセリス達をこの場は助けられるかもしれない。だが、洗脳を解く事が出来なければ意味が無い。ビルカインは洗脳を解いても良いと言っているが、それが嘘では無い保証は無い。 ビルカインが解いたと口で言っても、実際には洗脳されたままかもしれない。ビルカインが一言命令するだけで、また操られないという保証も無い。だから、ヴァンダルーはビルカインに向かって一歩踏み出した。「まあ、落ち着きたまえ。もしかして、私を殺せば洗脳が解けると思っているのだったら、それは早まった判断だよ。それとも、彼女達を自分で更に洗脳するつもりかな?」 ヴァンダルーの拒絶に対して腹心の吸血鬼達が反射的に身構えるが、まだビルカインの顔には笑みが浮かんでいる。